亀形石造物、聖なる水の謎。
亀形石造物の特徴
亀形石造物は斉明帝の時代の貴重な遺跡です。
亀の甲羅を模した石造物には驚きのデザインがあります。
周囲の遺構が当時のまま保存されており見応えがあります。
訪れた時に偶々私達グループ以外に見物人がおらず、受付の方が凄く細かい解説をしてくださり、ここの遺跡に関する関心度ぎ200%upしました。ここに流れる湧水は自噴で有ること。ここを巡る斜面の石垣や湧水を支える四角い石は同じ出自の天理砂岩で有ること。この石垣などを作るための石を延べ2万人を動員し遥か天理からの運河を作り船で運んだこと。石垣を作る為に延べ7万人を動員したこと等など、ぼーっと遺跡見てるだけでは知ることの無い話を教えて貰え、為になりました。出来れば話して頂いた内容の解説板があればと思った次第。
単独では300円の見学料金が必要ですが、高松塚壁画館と石舞台古墳との三点セットで700円の共通割引券があります。ここまで来たなら、観ないと損ですね。
斉明女帝が、豊穣の祈願などさまざまな祭祀をここで行ったとされています。この石造物の上にある 酒船石は無料ですが、こちらは有料です。
亀形石造物は、2000年に発掘によって発見された『酒船石遺跡』の中でも北西の谷部に位置する謎の石造物。全長2.4m、幅2mの亀形をした遺跡。何のために?と思ってしまいますが、眺めていると庭園の水鉢の様にも見えてきます。出土した土器などから7世紀中頃~10世紀の間にかけて利用されていたことが確認されています。亀の顔を南向きに据えられ、丸く彫られた両目、4本の指の表現が施された両足が特徴的。水は鼻から甲羅部分に流れ込み、円形の凹型の甲羅部分で水を溜め、V字状に彫られた尻尾の部分から流れ出すようになっている。亀形石造物のすぐ南側には小判形(船形)に彫り込まれた石造物があり、続いて南側にこれら石造物に水を供給していたと思われる湧水施設があります。この湧水施設から船形の貯水槽へ、貯水槽から亀形石造物へ水が流れる構造になっています。ある説では『斉明天皇』が信仰した道教の世界を表す『両槻宮(ふたつきのみや)』の一部。政治を占う施設。身を浄める場所。ではないかと言われています。拝観料 300円石舞台古墳、高松塚壁画館、亀形石造物、共通券は、700円。
よく整備された飛鳥時代の遺跡です。占いの装置説など色々議論があるようですが、近くに飛鳥宮があり当時の都で使われた大型の施設なのでしょう。隣にある酒船石遺跡の途中にある小さな屋根付きの小屋が、このあたり一帯を囲んだこの地区には無い石材を使った石垣のサンプルらしく、当時の天皇である皇極天皇(斉明天皇:重祚 女性)が大規模に造らせた貴重な遺跡らしいです。権力とは凄いことです。さて、この亀型石造物ですが、亀石のひとつ前の石桶には上部に亀石に水を落とすための穴が開いており、溜まった水が泥などの汚物を沈殿させ上澄みの綺麗な水だけを流すシステムになっていて、清涼な水を必要とする装置であることは間違いないようです。権力者のやることはいつの時代も面白いものです。
2025.10月奈良県立万葉文化館駐車場🅿︎入場料¥300
酒船石遺跡の隣にある石造物です。ここは有料で300円です。斉明天皇という女性の天皇の時代に作られた水路となっています。高松塚壁画館と、亀形石造物、石舞台古墳のセットで700円の共通割引券があります。3つ回る予定がある方は購入したらお得だと思います。
全長約2.4m、幅約2mもあり、かなり大きいです。この亀形石造物が何のために作られたのか、はっきりとは分かっていません。そのため、様々な説があります。600~700年頃に使われたようです。ガイドさんの話だと水の細かい砂や石を取り除くのに使われたのではないかとのこと。300円の入園料がかかります。シンプルにこれしかありません。
斉明天皇の時代のものらしい。明日香の巨岩奇岩の一つ。なんらかの祭司に使われたのか?庭園のオブジェなのか?諸説あるが私にはなんとなく水の流れる庭園のオブジェの様に思えるが明日香の時代ならでは謎に満ちている。万葉文化館の駐車場に車を停める事ができます。斜面のの上には酒船石もあり、これもセットで水の流れのオブジェっぽいと素人な私は思ってしまいました。それぞれいろんな感性と想像力で楽しめるのが明日香の遺跡の楽しいところだと思いました。因みに酒船石は無料で観れますが、亀形石造物はお金が必要です。確か300円。
| 名前 |
亀形石造物 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 8:30~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
奈良県立万葉文化館駐車場に車を置いて、歩いて5分程度でここに着きました。協力金として300円を入口で支払うと中に入ることが出来る。ごろた石を敷き詰め、中心線上に、木の樋、四角い石槽そして亀形の石に水が流れるよう構成された施設である。飛鳥時代の斉明天皇がこの地に立って、五穀豊穣の祈願や政治の方向等を占う儀式に使った場所ではないかと勝手に想像する。ここに立つと、そんな情景が目に浮かぶような気がする。