豪農の庭で藤花に包まれる。
北方文化博物館の特徴
新潟の豪農、伊藤家の歴史を感じることができます。
贅沢な作りの屋敷跡で見る文化財は圧巻です。
季節ごとに楽しめる大藤棚のライトアップが人気です。
北方文化博物館は、江戸時代中期から越後随一の大地主として栄えた伊藤家の邸宅を保存・公開している私立博物館です。その歴史的背景は、伊藤家の歩み、そして戦後の日本社会の変遷と深く関係しています。伊藤家は1756年(宝暦6年)に初代文吉が農家として分家したことに始まります。二代目文吉の時代には、藍の商売、雑穀、質屋、倉庫業などを手広く営み、百姓をやめて豪商へと成長しました。その後も代を重ねるごとに財力を蓄え、明治時代には蒲原平野に広大な土地を所有する「千町歩地主」として「弥彦参りまで人の土地を踏まずにゆける」と言われるほどの大地主となりました。「田地を買うなら悪田を買い、美田にして小作に返せ」という家訓を持ち、小作人の生活も重視しながら土地改良を進めていったことが、伊藤家の発展に繋がりました。現在の伊藤邸は、五代目文吉が1882年(明治15年)から約8年の歳月をかけて建設し、1889年(明治22年)に完成しました。部屋数65を誇る純日本式の豪壮な建築で、国登録有形文化財にも指定されています。第二次世界大戦後、農地改革により伊藤家はその広大な土地を手放すことになります。しかし、七代当主は邸宅や美術品を後世に残すことを決意し、1946年(昭和21年)に財団法人を設立しました。当時、進駐軍のラルフ・ライト中尉がこの邸宅を米軍のアパートとして調査に来た際、「ここが日本だと言える場所を残そう」と心変わりし、博物館として保存されるよう尽力しました。これにより、北方文化博物館は戦後初の私立博物館として誕生しました。博物館の名称はスウェーデンの「北方民族博物館」に由来し、あるべき場所に物があるべき状態で展示される博物館のあり方を倣って名付けられました。大地主伊藤家の歴史と暮らしを紹介するだけでなく、歴代当主が収集した美術品や、博物館資料として購入された日本、中国、韓国の美術工芸品、考古資料など約6千点もの貴重な資料を展示しています。京都の銀閣寺ゆかりとされる庭師・田中泰阿弥が5年の歳月をかけて完成させた池泉回遊式庭園も大きな見どころです。
時期により移ろい行く景色を楽しめる屋敷でしょう😳立派なお屋敷でした♪静岡からひとり旅で伺いました☆11月4日に伺いましたが、藤の花時期にはまた違う顔を見せるのでしょう✨素晴らしい数々の作品を拝見しましたが、これ以上あるけど載せきれないほどです😄ぜひ、ご自身の旅で体感して下さい♪後悔しないと思います👌
あくまでも古い建物が好きな自分の個人的な感想なんだけども!思いの外広くていっぱいじっくり見られたぜ!手入れが行き届いた広い庭と、綺麗にゴミ一つなく保たれた古ーい古い建物。それだけで見る価値あるぜ。難点があるとするならば、宮城県からは遠いって事だけかな😄新緑の時、紅葉の時、雪が積もった時、また行くぜ!
北方文化博物館に実際に足を運ぶと、その広大さと豪華さにまず圧倒されました。敷地内に入ると、立派な茅葺き屋根や長屋門が出迎えてくれ、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような気分になります。館内では昔の豪農の生活を感じられる調度品や道具が丁寧に展示されていて、ひとつひとつ眺めながら当時の暮らしを想像するのが楽しかったです。庭園も見事で、散策していると池の水面に映る紅葉や苔庭の美しさに心が癒されます。スタッフの方も親切に説明してくれて、建物や庭の歴史をより深く理解できました。歴史と自然を同時に体感できる、とても印象に残る場所です。
建物といい、庭園といい、展示品といい、大変素晴らしいものでした。かつての豪農という存在の一端を見る思いです。ただ、公共交通機関を使うとバスしかなく、1時間に一本程度で大変不便です。
大広間がとても良かったです。温かな日差しと冷たい風、水の落ちる音と鳥が遊ぶ声、美しい緑に囲まれたお庭が何より素晴らしいです。他にもお客さんはいましたが、その人の声さえもどこか田舎を思い出させます。ゆったりとした時間を過ごすのにちょうどよく、なんだか一句詠みたい気分になります。詠んだことありませんけど。天気が良いのもあって気持ちの良いひと時を過ごせました。博物館としての展示はそこまでなく、博物館として行かれるとやや物足りないかもしれません。展示物は陶器から縄文土器、インドやエジプト関連のものなど見られます。統一感がない感じがやっぱり田舎のお婆ちゃんの家に行った気分になります。意外と広かったです。
沢海の豪農伊藤家の本邸であったが、戦後寄付により北方文化博物館となり、国の有形文化財と登録され今日に至る。質実剛健な暮らしぶりながら、一流の書や陶器が数多展示されており、往時の伊藤家の権力が忍ばれる。大広間座敷からの日本庭園の景色は春夏秋冬、さまざまな表情を変えながら、豪華絢爛な空間を彩っている。京都銀閣寺の庭師だった、田中泰阿弥により五年かかりで作られた名勝。It was the main residence of the Ito family, wealthy farmers in Sawaumi, but was donated after the war.After the war, it was donated to the Museum of Northern Culture and registered as a national tangible cultural property.The museum is a place where the Ito family lived a simple and sturdy life, and the many first-rate calligraphy and ceramics on display are a reminder of the power of the Ito family in the past.The view of the Japanese garden from the hall's tatami room changes from spring, summer, fall, and winter, and the gorgeous space is decorated with a variety of expressions.It took five years to create this masterpiece by Taiami Tanaka, the former gardener of Ginkakuji Temple in Kyoto.
新潟の豪農のお屋敷と贅を尽くした庭園とともに、収集した文化財、北陸の暮らしや文化を見ることができます。藤の季節や秋の紅葉はさぞかし見事でしょう。古民家で、江戸時代は板の間は一間だけに制限され、主以外は土間に藁を敷いて暮らしていたとあり、衝撃でした。
某月某日:米どころ新潟の豪農屋敷と施設を見学、歴代の当主の豪農ぶりが伺わせられる。豪農の館伊藤邸のこの広間は10畳間が8つ続いていて、写真はその一部。正面は池と中庭で季節の移ろいが観賞できる日本庭園だった。台所の釜場は、隣接する流しを入れると40畳以上の広さを持つ。奥の湯沸し釜は直径1.5mほど、手前右のお米釜は私の両腕では足りないくらいの大きさであった。その頃は毎日4~50人ほどの食事を此処で賄っていたのだろうと想像する。この大きさで1人前の料理などは、どうやって作るのだろうか。すべての規模が大きすぎる...玄関脇に面した、たぶん雇い人の居間?太い鴨居が縦横無尽に走り、大邸宅を支えている。中庭にある藤の大木。遠くから見える藤色の房に引き寄せられるように歩いてゆくと、藤の天井を仰ぎ見たとたんに甘く柔らかな香りがシャワーのようにふりそそぎ、雅な空間に包まれます。藤棚の下には大きな池があり、常に水が流れていた。藤棚はこの写真で1/4が映っているだけの大きさで、この館の正面玄関に面している。樹齢150年、幹の周りは1メートル60センチ以上。一本の木から枝が広がり中庭のほとんどを占めている。
| 名前 |
北方文化博物館 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
025-385-2001 |
| 営業時間 |
[水木金土日月] 9:00~16:30 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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新潟を訪れた際に立ち寄ったのが北方文化博物館。広大な敷地に立派な日本家屋が建っていて、到着した瞬間から落ち着いた雰囲気に包まれます。かつて豪農の邸宅だった建物ということもあり、庭園や建物の造りがとても見事で、ゆっくり歩いているだけでも当時の暮らしぶりを想像してしまいました。そして最近この場所が話題になっている理由が、人気アニメ作品の鬼滅の刃。登場するお館様の邸宅に雰囲気がよく似ているということ。ファンの間では“聖地”のような存在になっているそうです。広い屋敷や庭の雰囲気がどこか作品の世界観と重なって見えて、「確かに似ているかも」と思わず納得してしまいました。お館様になった気分で座敷に座って庭を眺めてみました!静かな館内を眺めながら、物語の世界を思い浮かべるのもなかなか楽しい時間。落ち着いた歴史的建物を楽しみつつ、ちょっとした聖地巡礼気分にも浸れる、なかなか面白いスポットでした。