奈良平安の証、下野国庁跡
下野国庁跡の特徴
国史跡下野国庁跡の前殿は復元されており、見ごたえがある。
栃木県の奈良・平安時代の貴重な文化遺産がここに残されている。
北側の資料館での説明を受けると、歴史への感慨が高まる。
奈良〜平安時代における役所跡現代の政令指定都市中心街のような場所で、周辺にも様々な建物があったそうですが、残された遺構はほんのわずかですここには西脇殿、東脇殿、前殿があります前殿は近年復元されたものです関係者には申し訳ありませんが、個人的には礎石だけで建物を空想する方が好みです神社は国庁跡とは無関係です。
国庁跡がほぼ全域残ってるのは貴重。可能ならば早く正殿の発掘調査をして正殿が復元されたら素晴らしいと思う。
夏に行き蒸したが草がボーボーなので、長ズボンで行ったほうが良い。復元された建物がある。発掘調査から、国庁範囲は一町区画を持ち、周りを掘で囲み、中央に前殿(東西棟)、その後方に正殿(未調査)を配置し、前殿の東・西に長大な南北棟の脇殿を対峙させている四周の各辺の中央に門を設けていた。南門からは幅9メートルの大路が南方に向かって敷設されている。南大路である。この大路に面した西側に建物群が塀で囲まれている。官衙施設である。前殿は正面7間(22メートル)・側面2間(4.8メートル)の規模である。建て替えられている。 こうした建て替えから、大きく4つの時期に分けられる。1期は8世紀前半代、2期は8世紀後半頃から同末(延暦年間の初め)頃に焼失した、3期は9世紀代が中心、4期は10世紀に入って間もない頃まで機能していた。
広くて、けっこう立派ですね。
国庁(国府)は、日本の奈良時代(AD710–AD794)から平安時代(AD794–AD1185)に、令制国の国司が政務を執る施設です。国府付近には国庁のほかに国分寺・国分尼寺、総社(惣社)が設置され、各国における政治的中心都市であるとともに司法・軍事・宗教の中心部でした。国府は、室町時代には完全に消滅し、所在不明となった所が多いです。
国指定史跡です。考古学上かなり重要な発見らしく焼けた跡があり時代的に平将門に焼かれたのだろうと以前、栃木県埋蔵文化財センターの先生に伺いました。前殿が再現されており資料館も併設されています。田園地帯のかなり分かりずらい所にあるため正直、訪れる人はかなり少なく国庁であったであろう広場も草が伸び放題で遺構の場所を示す標識も埋もれてよく見えません。せめて散策できるように草を刈るとか芝にするとか市民が利用できるような施策が欲しいところです。遺跡や史跡を回っていると重要な遺跡=人が来る、とは必ずしもなっていないところが悩ましい所でもあります。
栃木県栃木市『下野国庁(国府)跡』(しもつけこくちょうあと)奈良・平安時代に地方を統治するために設置された役所で4つの建物があり西と東の脇殿は基礎の柱のみy前殿は全てが復元されております本殿の跡地には現在神社が建っており未調査となっていますので神社を移転しての発掘調査に期待してます下野の国(栃木県)には他にも『下野国分寺・尼寺』『下野薬師寺』など奈良時代の史跡が残っている所が多く素晴らしいですね✨
他の方が言うように北側の資料館でお話を聞いてから見たほうがより見応えがあります。ここまでしっかりと国庁跡が残っているのは全国的には珍しいそうです。菅原道真、平将門、藤原秀郷が来てたかと思うと感慨深い。栃木県民でもその歴史を知らない人は多いので歴史を伝える為には必要な場所でしょう。復刻は前殿のみで正殿があった場所には神社があります。ここから南の方に生活してた跡もあったそうです。歴史好きにはたまらない場所です。
下野国分僧寺、尼寺跡に比べて整理が行き届いているとは言い難い。伸び放題の雑草を刈り取って頂きたい。
| 名前 |
下野国庁跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0282-27-8900 |
| 営業時間 |
[木金土日水] 9:30~16:30 |
| HP |
https://www.tochigi-kankou.or.jp/spot/shimotsuke-kokuchouato |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
|
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広々とした草原と八重桜が綺麗です。もうちょっと整備した方がいいかも。マムシ注意って!