取手市唯一の国指定重要文化財、歴史の息吹を感じる三...
龍禅寺三仏堂の特徴
平将門が生まれた伝説の三仏堂、歴史を感じられます。
茨城県取手市唯一の国指定重要文化財に認定されています。
風格あるお堂の外観に一見の価値があります。
国指定重要文化財昭和五十一年五月二十日指定竜禅寺三仏堂三仏堂は、延長二年(九二四)の創建と伝えられ、現存する堂宇は、正面三間、側面三間で、左右と背面に震階が付いている。三方に裳階が付く形式は、三仏堂のほかに例を見ない珍しい建造物である。木鼻や募股の彫刻や、建築様式から室町時代後期の十六世紀前半の建築と推定される。屋根は茅葺の寄棟造りで、内部は内陣と外陣に分かれ、内陣には禅宗様の須弥壇が置かれ、三仏堂の名前の由来ともなった釈迦如来、阿弥陀如来、弥勒菩薩の三体の仏像が安置されている。三仏堂は、建築以来、何度かの修理が行われた痕跡や記録が残っているが、堂宇の特徴を大きく変更するような手は加えられておらず、中世建築の特徴がよく残されている貴重な建築遺構のひとつである。昭和六十年から六十一年にかけて解体修理が行われ、現在建築当初の姿に復原されている。この修理の際に、永禄十二年(一五六九)の年号が書かれた木札が発見され、建築年代が裏付けられた。【現地案内板より抜粋】駅前の周辺史跡の案内板を見て訪れました。結構細い道の先にあります。墓地横に三仏堂がありますが、大きな茅葺き屋根が堂々とした存在感を誇っています。平将門伝説も伝えられ、周辺の史跡と合わせて散策を楽しめます。
天台宗の寺です。山号の米井山は「平将門が武運長久を祈願しに詣でたところ、堂前の井戸から米が噴出した」との伝承によるものです。この地は取手市米ノ井と呼ばれています。この伝承が地名に残されています。この寺が古くから将門伝説と結びついていました。創建年は定かではありません。延長2年(924年)に伝誉大阿闍梨が三仏堂を道場として開いて、承平7年(937年)に平将門が仁王門と鐘楼を寄進して盛り立てたと伝えられています。また、承平7年(937年)に平将門が創建とも伝えられています。三仏堂は釈迦如来、阿弥陀如来、弥勒如来の三尊を祀っているために呼ばれています。昭和60年から行われた解体修理で、創建当初の姿に復元されました。この修理で室町時代の永禄12年(1569年)の墨書のある木札が発見されました。木札の取り付け場所より建立後に取り付けられたものと考えられています。このため、16世紀前半に建てられたと考えられています。昭和51年に重要文化財に指定されています。三仏堂までのアクセス道路はやや狭いですが、お堂の前には広い駐車空間があります。
ふらっと立ち寄った取手でしたがまさかこのようないい場所があったとは。参りました。龍禅寺三仏道は室町時代に造られた由緒あるお堂で寺社仏閣の少ない取手において唯一の国指定の重文に指定されています。手入れされた茅葺屋根も立派でした。駐車場までの道が狭いのがネックですがいい場所でした。
平将門が生まれたと言う三仏堂、取手市内唯一の国指定重要文化財。
平将門由来の立派なお寺さんです、三仏堂は、一見の価値が有ります。
取手市内で唯一の国指定重要文化財。特徴的な景観・雰囲気です。取手市教育委員会の案内板より「一部」「三仏堂は、延長二年(九二四)」の創建と伝えられ、現存する堂宇は、正面三間、側面三間で、左右と背面に裳階(もこし)が付いている。(略)内部は内陣と外陣に分かれ、内陣には禅宗様の須弥壇が置かれ、三仏堂の名前の由来ともなった釈迦如来、阿弥陀如来、弥勒菩薩の三体仏像が安置されている。(略)」別の案内板には「一部」「三仏堂やその周辺には、平将門に関する言い伝えが数多く残っています。三仏堂があるこの地は古くから「米ノ井」という地名ですが、この地名の由来は、承平七年(九三四)武運長久を願い、平将門が三仏堂を参詣した際に、三仏堂前にあった井戸から米が吹き出したことによると言われています。(略)」
茨城県取手市。茅葺きを来年にかけて葺き替え予定。大木が多く、紅葉も見応えがありました。
歴史を感じる風格のあるお堂です。普段は建物内に入ることは出来ません。春ごろに公開日があります。公開日は取手市教育総務課に問い合わせて下さい。
国指定重要文化財です。室町期後期の建立です。
| 名前 |
龍禅寺三仏堂 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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龍禅寺にある友人の墓参りに来ました。二十年ぶり位に来ましたが、周囲が住宅地になって道路が舗装されていて、変化の大きさに驚きました。三仏堂には行っていませんが、国宝だそうです。