振袖火事が残した八丁堀の歴史。
神田八丁堀跡の特徴
看板を見つけることで、歴史の深さを感じられます。
江戸の大火に由来する防火土手の跡が楽しめます。
近くの公園に便利な説明板があって訪問しやすいです。
ベンチと木だけのシンプル公園になってます。
通った時は気づいていなかったですが、八丁堀跡だったんですね。詳しく読んだ記憶はないですが、歴史は興味深いことが記載してあります。写真は2014年11月のものでした。千代田区立地蔵橋東児童遊園の中に看板が立っています。
この看板でしか確認できません。
近くは何回も通り過ぎていましたが、たまたま史跡の案内板を見つけ読んでみると、八丁堀の跡地だった事とその名前の由来を知りました。死者十万人と言われている明暦の大火(振袖家事)の後、防火の為に八丁(870m)にわたる土手が築かれ、その側に明地が造られました。その後、町人達が自己負担で明地に掘を造ったので八丁堀の名前がついたとの事です。写真の道路が堀の跡地だと思われますが、こちらには地蔵橋という橋が架かっていたようです。
公園の傍に説明板。
公園に看板だけあります。
江戸の大火(本郷の振袖火事)(1657年1月18日 明歴3年)のあとに作られた、防火のための土手の名残です。八丁堀は八丁(870メートル)から来ているそうで、後の元禄四年(1692)に町人の自費で堀割を開削したため、神田八丁堀と名付けられたそうです。今は、名残なく小さな公園と看板のみですがゆっくり休めることができる公園となっております。
見つけずらいですが、発見の喜びはあるw
駅の八丁堀とは別の八丁堀があった場所で、振袖火事の後に作られた掘。現在は埋め立てられて、千代田区と中央区の境界線になっているんだそうです。
| 名前 |
神田八丁堀跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP |
https://www.edo-chiyoda.jp/knainobunkazai/bunkazaisign_hyochu_setsumeiban/2/2/85.html |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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振袖火事のあと、防火のために築かれた土手の跡です。江戸時代にも減災を目的とした対策がなされていたことを学べます。