信長も宿した妙覺寺、紅葉の美。
妙覺寺の特徴
織田信長が定宿として宿泊した歴史的な寺院です。
日蓮宗の本山で、美しい紅葉とライトアップが楽しめます。
お茶会の『本膳料理』が再現されている貴重な体験ができます。
1378年に創建、信長の時代までは足利義輝、織田信長、伊達政宗など様々な人物の宿所になっており、千利休による茶会も開かれていたとのことです。信長に関しては、京都に来た20数回のうち18回の宿泊をされたとのことです。信長と言えば本能寺ですが、ここ妙覚寺も縁のある場所です。次回は特別拝観で訪問したいです。
令和6年 12月1日 京都紅葉の旅🍁妙覺寺妙覚寺(みょうかくじ)は、西陣織の職人や芸術家に深い信仰を得ている寺院。斉藤道三、織田信長父子、千利休、伊達政宗などとゆかりの深い寺院です。妙顕寺・立本寺とともに「三具足山」と称されています。最盛期には、塔頭100余り、全国に末寺が1,000ヶ寺を擁したといわれます。
織田信長が京都に来た折には頻繁に宿坊として使っていた寺院とのこと。終焉の地となった本能寺より遥かに多く滞在していました。茶会も多く催され、当時のメニューが模型で再現されていますが凄まじいばかりの贅沢な料理内容です。800円の拝観料の割に、内陣近くにも行けず、見どころは多くありません。庭園は広くなく楓が植わっているだけの単純な設えですが、配置や樹形が見事で新緑、紅葉、敷紅葉とも見応えがあります。
京都の上京区にある妙覺寺は、戦国時代が好きな人には特におすすめの場所です!信長は京都で20回以上宿泊していますが、そのうち18回を妙覚寺で過ごしました。当時のお寺の住職が妻の濃姫の父、斎藤道三の息子であり、信長にとって安心できる場所だったと言われています。さらに、ここは本能寺の変とも深く関わっています。光秀軍が本能寺のあとに向かったのが、この妙覚寺でした。当時は信長の息子の信忠が泊まっていました。本能寺で信長が襲われたことを知った信忠は、信長の救出が難しいため、妙覚寺から二条御所へ移って光秀方と戦いますが、あえなく敗北し、命を落としました。妙覚寺の境内が広く、とても静かで気持ちが落ち着く場所でした。自由に入れるので、散歩するようにふらっと立ち寄れるのも良いところです。横には小さなお店があり、お侍さんの服を着た方もいて、歴史の雰囲気が感じられました。秋は紅葉がとてもきれいで、特別拝観も行っているそうです。
西陣クラフトビールのイベントで行きました。京都の中心地から多少離れているので、周りは静かで良い雰囲気です。
京都市上京区にある日蓮宗の本山寺院になるのが「具足山 妙覺寺(みょうかくじ)」になります。「妙顕寺」「妙覚寺」「立本寺」の3ヶ寺は、いずれも山号を具足山と称し、「龍華の三具足(りゅうげのみつぐそく)」と呼ばれています。創建当初は、四条大宮にあり、戦国時代には、二条衣棚に移転したが天文法華の乱で伽藍が全焼し、堺に避難した。その後、二条衣棚の旧地に戻って再建された。美濃の斎藤道三の息子が住職を務めたことから織田信長の京都における宿舎となった。「本能寺の変」の際には、織田信長の嫡男である織田信忠が妙覚寺を宿舎としていたが、明智光秀の謀反を知った信忠は寺を出て明智勢を討つべく二条新御所へ向かい、奮戦の末に自害して果てた。本能寺と二条新御所の一部が焼失した記録はあるのに、妙覚寺が本能寺の変により焼失したということを伝える史料は現在の所一つも確認できない。その後、羽柴秀吉の命により、現在の地に移転している。天明の大火により妙覺寺の伽藍は、華芳塔堂・浴室と表門を残して全焼する。また、境内にあった塔頭21ヶ寺も「了縁院」「見樹院」「智善院」「慈雲院」を残して全焼している。その後、順次、再建されて、本格的な本堂を建てる予定で仮本堂を建てて本尊を祀っていたが、結局本堂は建てられず、明治時代になって客殿に本尊を移して客殿を本尊としました。明治4年の妙覚寺「寺地画図」には、「見樹院」「龍泉院」「善明院」「成就院」「寶泉院」「玉泉院」「実成院」の塔頭7ヶ院が復興されているのがわかる。現在、残っている塔頭は「善明院」「實成院」「玉泉院」の3ヶ院になります。妙覺寺の見所としては、妙覺寺の大門がある。この大門は、豊臣秀吉が天正18年(1590年)に建築した聚楽第の裏門を、寛文3年(1663年)に移建したものといわれている。城門の特徴を有している門になる。また、本堂(客殿)には、紅葉が植えられ苔の美しい庭園「法姿園」があります。年2回の特別公開があります。境内散策は自由にできます。2025年10月訪問。
★祖師堂へ 渡殿長し 青葉風「新緑特別拝観」中に初めて参詣しました。聚楽第の裏門を移設した大門を潜ると広々とした庭の正面に祖師堂があります。手入れの行き届いた老松を眺めながら方丈に入ると木村英輝氏寄贈の鯉の絵の飾られてありました。靴を脱いで上がり、武家の正式な料理である「本膳料理」を展示した部屋でビデオ解説を見て、玄関座敷の円窓 から人気の箱庭を覗きました。本堂に入って齊藤道三の遺言状と御殿雛飾りを見た後、本堂前の庭園「法姿園」の新緑を楽しみ、奥に進んで華芳塔堂を見ました。祖師堂への渡り廊下周辺の新緑が見事でした。2025年5月8日。
2024年5月5日に参拝しました。妙覺寺は織田信長が定宿にしており、京都に来た20数回の内18回も宿泊しています。信長といえば本能寺を思い起こす方が多いと思いますが、本能寺での宿泊は3回しかなく、その3回目に「本能寺の変」が起こっていますので、ひとつ違えば「妙覺寺の変」になっていたかもしれません。なお、当時の妙覺寺は現在とは違う場所にあったので、信長が何度も訪れた当時の面影はありません。大門をくぐると広々とした境内が現れ、正面には立派な祖師堂、左手には方丈や本堂が配置されています。方丈や本堂の内部は通常非公開ですが、春と秋の特別公開で拝観することができます。本堂には庭園「法姿園」があり、GWでしたが拝観者が少なく綺麗な青もみじをゆっくりと楽しむことができました。また、武家の正式料理である「本膳料理」を器などの会席具とともに再現して展示していました。
織田信長聖地巡礼京に来た際の定宿となっていた寺院。再建された建物ではあり、境内も当時を思い起こさせるものはないが、天正3年の茶会の資料や斎藤道三の遺言状などもあり、一見の価値あり。秋はもみじが綺麗でした。
| 名前 |
妙覺寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
075-441-2802 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 10:00~15:30,18:00~20:00 |
| HP |
https://sites.google.com/view/honzanmyoukakuji/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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2026年5月の平日に行ってきました。特別公開に合わせて拝観しました。織田信長の京都定宿のお寺ということでそれに合わせての展示物もありました。ここの見どころは紅葉で今回は新緑の青紅葉が良かったです。たしか秋になると夜ライトアップしていたと思うのですが、飲みに出ているので見たことがありません。でも出来ればその時も来てみたいと思う程の青紅葉のお庭でした。