故郷の偉人を訪ねて。
大谷休泊翁墓所の特徴
故郷の偉人を感じられる史跡である。
県内の歴史に興味がある方におすすめ。
館林市北成島町の貴重な場所です。
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興味のある方のみ。墓所以外はなにもないです。
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故郷の偉人です。
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| 名前 |
大谷休泊翁墓所 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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墓所の前に駐車場あり。大谷休泊単独の墓所だが墓域は意外に広い。大谷以外の墓と仏像・石碑がこの墓域を包むように立っている。説明板がいくつも設置されていること・墓所内がよく手入れされていることからすると現在でも崇敬されている郷土の偉人なのだろう。大谷新左衛門休泊は元山内上杉氏家臣とも言われるが定かではない。足利長尾氏の家臣となり多々良沼東岸に松林を築いて成島村の開拓に努めた。彼の最大の業績が休泊堀(上下ある)の整備である。上休泊堀は矢場堰(現在の太田頭首工あたり)を起点として太田桐生インターチェンジ・韮川駅・イオンモール太田・スバル自動車大泉工場の横を通り大泉町古海において利根川に合流する用水路。当初は多々良沼に流れ込んでいたということからすると県道2号線の所から分岐して竜舞駅・八重笠沼・こぶ観音の横を通り多々良沼へと来ている水路が本来の休泊堀のルートであろうか。下休泊堀は多々良沼南西部より流れ出し赤堀において曲がり大輪において利根川に合流する水路であろう。彼の名は休泊地区・休泊小学校・休泊中学校などに残されている。同時期に新田堀を整備した荒山小左衛門の名前が残っていないことからすると大谷は荒山以上に優れた治水家だったのだろう。