聖武天皇の願いを叶えたお寺。
神光山 安生寺 (旧国生寺・聖武天皇勅願寺)の特徴
聖武天皇の願いを叶えた歴史的なお寺です。
神仏分離前の跡が見られる貴重なスポットです。
鐘を自由に鳴らせる体験ができる珍しい場所です。
現在は高野山真言宗の仏教寺院で「あんじょうじ」と読む。開山は役小角(えんのおづね)だから、仏教ではなく修験道の修業所として始まった。その後仏教寺院となったが、修験道の色もあった。国生寺と言う名前であった。藤原宮子(ふじわらのみやこ・生年不詳~天平勝宝6年〈754年〉、藤原不比等の長女)が、本尊の11面観音菩薩に祈願して、首親王(おびとおう・のちの聖武天皇)が安産で生まれたので、安生寺と寺称を変え、本尊は子安観音と呼ばれるようになる。回帰1,300年の、聖武天皇ゆかりの寺である。聖武天皇は、大宝元年(701年)に生まれた。この年は大宝律令が成立した年であり、行政法・民法・刑法がそろった訳である。遣唐使が30年振りに再開され、天武・持統天皇の時代以前から準備されてきた、中央集権国家が出来上がる直前であった。慶雲4年(707年)、父の文武天皇が24歳で崩御し、首親王は7歳であったので彼の母の宮子は、元明天皇として即位した。これは女系天皇を意味するわけではなく、明らかに即位するべきであった首親王が、余りに若過ぎるための措置である。和銅3年(710年)に、都が藤原京から平城京へと遷都される。首親王は皇太子となり、神亀元年(724年)に譲位されて、24歳で天皇に即位する。聖武天皇と寺とのゆかりはまだあり、長女の井上内親王が子安観音に救いを求めて37歳で酒人内親王(のちの桓武皇后)、45歳・57歳でも出産している。52代嵯峨天皇の時代、帰国した空海が滞在して、七堂伽藍を再興し、近辺に六十餘寺を建立し、代々の天皇の勅願寺となった。JR五条駅から徒歩20分。
とても由緒正しいお寺さんですがちょっと寂しいですね。駐車場🅿️ありました、神社さんと共有ですが、エホバの証人さんのとなりです。
静かで落ち着ける神仏分離前の跡がみれる貴重な場所です駐車場がありません鐘が自由につけるのは珍しいですね。
静かで落ち着ける神仏分離前の跡がみれる貴重な場所です駐車場がありません鐘が自由につけるのは珍しいですね。
| 名前 |
神光山 安生寺 (旧国生寺・聖武天皇勅願寺) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0747-22-3021 |
| HP | |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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This temple was built to fulfill the wish of Emperor Shomu's birth. It is maintained by its parishioners. Adjacent to it is Uchi Shrine, which was part of this temple until the Meiji Restoration.聖武天皇御生誕の願いを叶えたお寺。檀家の方がお守りしている。隣接して明治維新まではこの寺と一体だった宇智神社がある。