歴史を感じる善明寺の魅力。
善明寺の特徴
法然上人の直弟子、金光上人が開山した浄土宗の寺院であること。
イチイの古木と歴史を感じる古い五輪塔が境内にある風情。
壮大な黒いタイル屋根が特徴的な品のある建築様式であること。
【2025年ひなまつり】まちなか御朱印めぐり 対象寺院浄土宗のお寺。2月22日参拝。お堂の中に入らせていただけました。涅槃会(ねはんえ)後でもあったため、涅槃図が掛けられていました。また、亡くなった方への供養のための「供養絵額」が沢山ありました。御朱印拝受いたしました。
遠野市に定住しようと考えてい他頃に娘を亡くし善明寺さんにお世話になりました。亡くなった故人の事をよく考えて下さる方で私達が若く知識の無い頃にお世話になりましたが色々と教えて下さいました。違う地域に引っ越す事を伝えたにも関わらず、娘に戒名をいただきました。感謝しかないです。
品のある寺院、経た年月が重みとして感じます。
イチイの古木と古い五輪塔があります。
浄土宗のお寺で法然上人の直弟子の金光上人と言う方が開山のようです。当初は養安寺だったそうですが、善明寺と言う名前は八戸にあった寺が根城南部氏の遠野入部に際して一緒に移ってきて、合併したためらしいです。天狗の牙が展示されています。境内にあるイチイの古木は樹齢800年と言うことで、市の文化財にも指定されているそうです。しかし、この寺の最大の特徴はやはり「供養絵額」でしょうか。和室の鴨居に何枚かの絵額が掛けられています。亡くなった方を供養するため、その人に縁ある情景が描かれています。例えば産後の日達が悪くて若くして亡くなった御菓子屋さんの娘であれば、お菓子を食べながら赤ん坊を抱いているといった様子が描かれている訳です。遺族の悲しい想いが感じられて切ない気持ちになります。
壮大な黒いタイルで絶妙な屋根。庭には独特のスライスされた種子の形があります。公園は小さく、マカダムと植物でできています。美しく古い木々があります。寺院は巨大な墓地に囲まれており、隣接する寺院を囲む墓地と連続しています。(原文)Absolutely stunning roof with magnificent black tiles. The garden has a unique sliced seed shape. The park is small and made of macadam plus plants. Beautiful and old trees there. The temple is surrounded by a huge cemetery, that is continuous with the cemetery surrounding the neighboring temples.
| 名前 |
善明寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0198-62-3579 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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書により「善明寺」をしらべてみますあまり「善明寺」と関係のない情報となります。当時のキリシタンの取り締まりの記録をみてみると「善明寺」に埋葬したとの記録が残るものが有りましたので見てみます。兄妹とおもわれる其の2つのキリシタンの上申書には1か月もたたずに兄妹が天然痘によってなくなったと思われる記録となっています。_____________❶【参考 遠野市史 第2巻 1975年】キリシタン宗此の地のキリシタンの布教は慶長年間(1596年~1614年)の頃で、関西の上方から来た鉱山師の「丹波弥十郎」によるという。「丹波弥十郎」は新式の金鉱石精錬法を南部藩に伝えるといった貢献をし、紫波郡佐比内(現在の紫波町)で金山を発見し、金千枚の年貢で採掘を許され、金の産出をしてきたという。「丹波弥十郎」はキリシタンでその配下にも多くの信者がいたが、徳川幕府によるキリシタンの禁止令により、多くは転向を誓ってゆるされたが、強信者は逃れて姿を消したという。その一部が遠野領に逃げてきて、小友(おとも)の金山や土淵(つちぶち)、附馬牛(つきもうし)の奥地に隠れ住んだという。【南部藩から徳川幕府に報告した上申書 の話し】〇正徳閏年丁亥(1717年)11月22日 キリシタン「安倍の子三太郎」、年11、昨21日遠野横田において病死につき、同所浄土宗「善妙寺」の寺内に土葬仕り置きし由、今日八戸弥六郎殿より小枝指精兵衛をもって是を被露す。(キリシタンである安倍の子供「三太郎」(11歳)が、昨日21日に遠野横田で病死しました。そのため、同地にある浄土宗の「善妙寺」の境内に土葬したとのことです。この件について、本日(11月22日)、八戸弥六郎(遠野領主)殿から小枝指精兵衛(使者)を通じて藩へ報告がありました。)〇同極月23日、切支丹安倍の娘ふく、年9つ、遠野横田において疱瘡を相煩い、今月17日相果つ。同所の「善妙寺」の寺内に土葬仕り置きし由、今19日漆戸佐右ヱ門をもって八戸弥六郎是を被露す。(12月23日記録、キリシタンである安倍の娘「ふく」(9歳)が、遠野横田で天然痘(てんねんとう)を患い、今月17日に亡くなりました。同地にある「善妙寺」の境内に土葬したとのことです。この件について、本日19日、漆戸佐右ヱ門(使者)を通じて、八戸弥六郎(遠野領主)殿から藩へ報告がありました。)【切支丹と天然痘の 話 これは私の意見】これをみると、子供と言えども「切支丹」に対する取り締まりが厳しいことが分かります。・11月21日:兄・三太郎くん(11歳)が病死(翌22日に報告)・12月17日:妹・ふくちゃん(9歳)が天然痘(疱瘡)で死亡(19日に報告、23日に記録)資料には妹ふくちゃんの死因として「疱瘡(天然痘)」とはっきり書かれていますが、兄三太郎くんは「病死」とだけあり死因は書かれていません。当時天然痘は不治の病として恐れられた非常に感染力の高いウイルス性の病気でした。恐らくお兄ちゃんの三太郎くんが最初に「天然痘」にかかってなくなり、その後同じ家での妹ふくちゃんにも感染してしまった可能性が極めて高いと考えます。