源氏の武将と手入れ良い庭園。
祝昌寺の特徴
由緒正しきお寺として、美しい庭園が手入れされています。
源氏の武将、梶原景季の愛馬摺墨のお墓があり、歴史を感じます。
動物たちも居る、地元民に愛されるお寺です。
戦国時代に市内の橋林寺住職により開創され、開基は厩橋城主長野氏とされる…。ちなみに、梶原源太景季が源頼朝から賜った名馬摺墨がここで死ぬと、寺を建立し、磨墨山畜生寺と号し、後に祝昌寺になったとか…。RC造の巨大な本堂は、見渡す限りの田園風景を見下ろす、小高い位置にあり、石段下から見上げると壮大な印象を受ける。磨墨の墓(宝篋印塔)は本堂西側にある。墓地も境内も広くて、隅々まで整備が行き届いている。案内板🅿️あり。2026/1/5
両親のお墓参りに伺いました!長野からなので中々伺えません幼稚園が無くなっていたのはビックリしました!お庭やお墓も管理がしっかりしてあり有りがたいです。
綺麗なお寺です。
由緒正しきお寺。お墓参りに行くと必ずシャボン玉をくれる。子どもたちが大喜びする。
特に、評価するものが見当たらない。
住職のお声がとても素敵です。いつ行ってもキレイですっきりしています。心落ち着ける場所です。
こちらには、源氏の武将、梶原景季の愛馬であった摺墨のお墓があります。1184年、木曽義仲は宇治川で源義経と一戦を交えました。この時、義経方で先陣争いをしたのが、近江源氏の佐々木高綱と梶原景季であったと伝えられています。この戦を前に、二人は頼朝の愛馬をねだることから争い、高綱は池月(いけづき)を、景季は摺墨(するすみ)を与えられて出陣しました。この時、宇治川は増水し、義経の軍勢が躊躇するなか、二人は愛馬を駆って川に乗り入れました。結果的には「馬の腹帯が緩んでいるぞ!」と高綱に言われた景季が、馬を止めて締め直しているすきに、高綱が敵陣に飛び込み、名乗りを上げてしまいました。先陣争いには負けましたが、摺墨は漆黒の見事な毛並みの、美しい馬であったそうです。言い伝えによれば、この地で摺墨が死んだ為、葬ってお寺を建て「摺墨山畜生寺」としたのが、現在の祝昌寺の始まりであるとされています。駒形町の駒形神社のご神体も、摺墨の蹄であると言われています(^_^ゞ
地元民に愛されている寺。
季節ごとの 木々や 花々 手入れの良い庭園動物も居ます。ご先祖様を守って頂いてます。
| 名前 |
祝昌寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
027-266-0351 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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住職さんが素敵なお寺さんです。