驚きの竪堀、花園城へ!
花園城跡の特徴
藤田氏代々の居城で、歴史を感じられる点が魅力です。
関東管領・山内上杉氏と深い関係がある城跡です。
竪堀や横堀が特徴的で、見応えのある遺構が存在します。
どの郭、どの竪堀、どの堀切もメリハリがあって、規模も大きくて、心底驚いた。コース上の枯れ葉が一様にペシャンコに踏み付けられていることが、探訪者の多さ、すなわち人気のほどを物語っている。迷わず、安全に一巡出来るように、コースの至る所におもてなしの心遣いが感じられる稀有な城跡…。三度の飯のつぎに山城が好きなマニアの本音としては、この種の城跡が爆発的に増えると、大助かりなんだがなあ~。冗談はさておき、日頃から管理に心血を注がれている方々に、この場をお借りして感謝申し上げます…。どうもありがとう。2025/2/8
花園城は関東管領・山内上杉氏の重臣、藤田氏代々の居城として知られています。その後、北条氏邦を養子に迎えて本拠を鉢形城に移してからは支城として使われたようです。氏邦に家督を譲った藤田康邦の隠居城だったともいわれます。秩父谷への街道を抑える重要な支城でしたが、1590年(天正18年)の「小田原征伐」の際に廃城になりました。登城口は秩父鉄道側の山麓にある諏訪神社にあります。途中から枯れ葉だらけの急勾配の道を登る事になるので登山靴は必須です。帰りは枯れ葉に足を滑らせないよう細心の注意が必要です。遺構は竪堀、掘切、石垣が残っています。数年前に来たときは藪の中を登った記憶があるのですが、今は道も整備され、道案内の印があるので迷う事はないでしょう。シンチャンの展望台より少し先に進んだ所の方が眺望は良いです。
武蔵七党の1つ 猪俣氏の流れを持つ藤田氏の居城と云われています。この城の竪堀は一見の価値あります。小田原の北条氏が勢力を伸ばし、北条氏邦が藤田氏の養子として城に入った時期もあるため、縄張りに北条テイストも加わって更に美味。
(歴史)花園城の築城経緯はよく分かっていないものの、関東管領上杉氏の重臣藤田氏が代々城主として領し、1555年に藤田氏に北条氏康の四男氏邦が養子として入り、その後鉢形城に移転、1590年の小田原征伐で鉢形城の開城とともに廃城になったといわれています。当日は車で訪問、駐車場がないため諏訪神社手前の案内板に書いてあるとおり路肩に停めさせていただいました。神社の手前に保存会の方がパンフレットと御城印を無料で設置してくださっています。神社の手前を通り抜け、東郭から三の郭→ニの郭→本郭と巡ります、自然の地形を活かしたクランクや虎口、そして竪堀は特徴的に二重で、山頂からかなりの長さで山裾に向け掘られており、幅や深さや、関東ではあまりない石垣もところどころ見られ、花園城の当時の重要性がうかがえます。二の郭と本丸の間の堀切はかなりの規模で、急な斜面を降るので注意が必要です。マイナーなお城ですが、かなり手つかずの遺構が見受けられ、特に直滑降の長大な竪堀と珍しい二重堀は山城好きの方に必見の城です。案内版は少なめですが、ピンクのテープの目印に沿って歩くと迷うことなく見学できます。急な斜面や草が生い茂っているところもあるので、軽い山歩きの格好がおすすめです。昔の資料やネットの情報だとかなり藪漕ぎが必要そうでしたが、最近は保存会の方のおかげてかなり歩きやすく、またパンフレットの地図をみながら当時の遺構を確認しつつ散策できるので非常にわかりやすいです。保存会の方には感謝しかありません。
埼玉県選定重要遺跡です。数年前に訪れた時は、藪山でクモの巣と格闘しながら本丸跡に登って行った記憶があるのですが、お城ブームに乗ったのか、整備が行き届き安全に登城出来るようになりました。案内板が所々に設置され、藪も刈られていました。本丸跡のある山頂から山裾まで続く四本の竪堀は圧巻です。また山頂部の尾根にある、岩盤をくりぬいた五本の空堀も一見の価値があります。
藤田氏の居城で竪堀や横堀を組み合わせた作りが同じ藤田氏の近隣の千馬城に似ている登口に詳しい縄張り図があり非常に助かった神社裏の竪堀を登ることで本丸に到達するが誤って左側の竪堀から登ろうとして滑り落ちそうになったりいらない苦労をしてしまった沢山の竪堀と岩盤を掘り切った跡が特徴的だった。
駐車場はありません神社前の路上に駐車しました道路脇入口に縄張り図とお城印がありましたトイレはありません4つの郭で構成され、それぞれの郭間と東西に堀切がありそこから竪堀が落ちています堀切は岩盤をくりぬいて作られてます本郭、二の郭と三の郭間の竪堀は二重になってましたまた二の郭と三の郭横の堀切は郭を巻くようにクランクしていてわくわくしました!急坂の竪堀を登り降りします(ロープがある所もあります)落ち葉が多いのでトレッキングシューズは必須です手袋もあった方が良いと思いました約1時間強かかりますので飲み物もあった方が良いです。
竪堀や石積の遺構が沢山残っており、曲輪も小さいものも含めると数多く存在しているようです。山城好きの方にはおすすめですね。登山口には縄張り図が置いてあり頂いて見ながら現在地を確認しながら登ることができました。私は後期高齢者ですがそれほど大変ではなかったですよ。ただ、郭名の看板があるともっと良かったと思います。
秩父鉄道の波久礼駅か寄居駅から徒歩30分くらいで登城口の諏訪神社に到着する。田園の風景を楽しみたいなら波久礼駅からをお勧めする。諏訪神社の入口には見所と縄張を記載した紙が用意してあり、非常に有難い。また、右手の机の引き出しには御城印まで用意してあり関係者の方々のご厚意が胸に沁みる。諏訪神社から程なくして二重竪堀に出る。10分程度の直登だが、右手には腰郭や石垣もあり興味は尽きない。竪堀も長く、よくぞここまでと感心する。直登後はニの郭と三の郭間の大堀切。右手は三の郭と東の郭。それを巡る堀切や竪堀など、見所満載だ。左手はニの郭。堀切からの登りが急なので滑らないように注意を。二の郭と本郭間の大堀切は圧巻!なかなかの眺めを楽しみたい。本郭は展望を望めないが造作が面白い。恐らく岩盤を削って北側は削り残し、その下を削平して平場としている。削り残し部分は単なる土塁上としては広いので、櫓などの建物があったのだろうか?城址碑の先から堀切5に降りるが、かなり急斜面。ロープが張ってあり助かる。堀切を進むと竪堀があり、南を巡って行けば諏訪神社からの二重竪堀に出る。この場所は、本郭に直結するため、特に石垣で固められていることから、防御のための丈夫な構造物(門?)があったのかもしれない。遺構がよく残っていて、個人的には近くの小倉城や青山城よりも大層面白い。構造的にも見所が多い。これだけの規模の遺構を整備されている地主さんや関係者の方々には本当に頭が下がる。本当に有難うございます。
| 名前 |
花園城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP |
https://www.town.yorii.saitama.jp/site/rekishikan/hanazonojyouato.html |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
武蔵七党猪俣衆の一族である藤田氏の居城跡。後に後北条氏から北条氏邦が養子入りし、鉢形城と共に街道を守る拠点として使われました。小田原征伐後に廃城となった様ですが、日本100名城である鉢形城より城郭遺構がてんこ盛りです。山の斜面に連続する二重竪堀、竪堀上にはこれまた連続して配置される虎口、山頂部には本郭、二の郭、三の郭、東郭が配置され、かまぼこ状にぶった切られた岩盤掘削堀切が鎮座しており堀切ストにはたまらん光景が広がります。崩れてはいますが、虎口や郭下には石積遺構が眠り時が経った今現在でもその防衛システムは恐怖そのもの。梅雨の晴れ間に登城しましたがそこまで藪藪しておらずピンテや案内板、登城口には縄張り図や無料の御城印も配布されており比較的に登城しやすい城でした。藤田氏の菩提寺でもある藤田善導寺様の駐車場をお借りしました。今後も城跡の整備に感謝しつつ、遺構の保存に尽力願いたい物です。