豊臣秀吉の城跡を辿る旅。
豊臣秀吉妙顕寺城跡の特徴
豊臣秀吉が京都での宿舎とした城の跡です。
高倉天皇の時代からの閑院跡地が含まれています。
本能寺の変翌年に建てられた城跡の遺構です。
豊臣秀吉の京都での宿舎及び政治の拠点とした城だったようです。現在は、城の遺構は残っていません。ただ、ここに城があった事が「古城町」という町名として残っています。
豊臣秀吉が建てた二条城跡地信長、秀吉で、通算3つ目の二条城跡地。
城跡碑と説明板のみ。遺構は皆無。ただ、静かに、深く歴史を感じる為の場所だね。
藤原氏の邸宅跡で、 高倉天皇の時から90年以上にわたり、里内裏として使われた「閑院」跡でもあります。
現在の妙顕寺はここからほぼ2.5km真北の寺之内通にあります。
案内板はいい感じの雰囲気でした。
前田玄以が使っていた城。聚楽第ができるまでは秀吉が京にいる際はここを使っていたという。
豊臣秀吉が聚楽第を築くまでの間京都での拠点とした城です。二条城からすぐ近くにあります。
現在案内板のみ。向かいには、すき焼きラーメンで有名なちいふがあるが閉店してしまった。
名前 |
豊臣秀吉妙顕寺城跡 |
---|---|
ジャンル |
|
住所 |
|
HP |
https://www2.city.kyoto.lg.jp/somu/rekishi/fm/ishibumi/html/na005.html |
評価 |
3.8 |
周辺のオススメ

只剩信息牌了。