仮名手本忠臣蔵の舞台碑。
お軽勘平戸塚山中道行の場の碑の特徴
仮名手本忠臣蔵の舞台碑があり、歴史を感じられます。
周囲の景色が素晴らしく、訪れる価値があります。
比較的整備された場所で、散策にも適しています。
物語上の人物なのに、碑が出来ています。散歩がてらの老夫婦をお見かけしただけで、観光客で混んでいる感じでは有りませんでした。
旧東海道踏破チャレンジ2025仮名手本忠臣蔵のお軽の勘平のお話の碑。早野勘平のモデルは、萱野三平。萱野三平は討ち入りの前に自害した。討ち入りには参加できなかったが、48人目の義士として江戸高輪の泉岳寺にお墓がある。
人形浄瑠璃や歌舞伎の「道行旅路の花聟」と「仮名手本忠臣蔵」に絡む登場人物がお軽と勘平です。お話は、腰元お軽と逢引していて殿中で刃傷沙汰を起こした主君の大事に居合わせることができなかった早野勘平が、出奔し、お軽の実家のある山崎へと、お軽とともに落ちのびてゆくところに、ここ戸塚大阪と思われる戸塚山中にて鷺坂伴内が手下を連れやってきて両人にからむという筋立で、鎌倉から落ち行くふたりが桜と菜の花が咲き乱れる戸塚山中で見せる美しく華やかな所作事になることから石碑が建てられたのでしょう。東海道の旅はこのような発見があって面白い🤭
仮名手本忠臣蔵の一場面の舞台の碑。今で言う架空のドラマの舞台のような場所。そんな場所に碑まで建つという、それほど忠臣蔵が人気があったと言うこと。
知らないと通りすぎます。
ここからの景色は良いです!大船方面が一望出来ます。
お軽と勘平は実在の人物ではありません。「仮名手本忠臣蔵」に登場する架空のカップルです。塩冶判官の家臣、早野勘平はお軽と密会していたために主君の大事に居合わせることが出来ず、面目を失いお軽と共に彼女の実家へと落ちていきます。歌舞伎の名場面の一つです。この「お軽勘平戸塚山中道行」は、架空の出来事ですが、「仮名手本忠臣蔵」の一場面ということもあり昔から知名度は高かったのでしょう。物語上の出来事なのに碑まで建てられているとはさすが忠臣蔵といったところでしょうか。
碑の周辺は比較的良く整備されています。国道1号線沿いですが、駐車スペースは見当たりません。
| 名前 |
お軽勘平戸塚山中道行の場の碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.yokohama.lg.jp/totsuka/shokai/gaiyo/rekisiwalk/totukasyuku.files/0001_20240806.pdf |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」の一場面「戸塚山中道行」の碑がある。それにしても江戸時代に作られた歌舞伎に由来する史跡は各地に多い。それだけ人気があったことの裏返しではあるが。