本能寺の静寂に、信長公の眠り。
信長公廟の特徴
京都市中心部に位置する信長公廟は訪れる価値があります。
本堂の裏手にある信長の墓は、戦国時代のミステリーを感じさせます。
信孝が定めたこの場所は、織田信長の名を後世に伝える重要なスポットです。
こちらの『信長公御廟』には、2025.05.05(日)、同年06.02(月~織田信長公御遠忌法要)、そして、2025.07.09(水)の午後、病院(愛生会山科病院~整形外科・眼科)を受診のあと訪れた。何故、07.09かといえば、実は、『安土問答~法華宗側は“安土宗論”』について、少々気になることがあり、また、06.07(土)、大恩人のおかげで明智光秀公および正室煕子、または明智家(本来は妻木家)の御一族が眠る滋賀県大津市の天台真盛宗西教寺を訪ねたので、その様子をお知らせしようと思ったのである。わたしは、信長公の御前(おんまえ)で、あれやこれやとブツブツ話しかける自分を想像していたが、いざ信長公の御廟前に立つと、ただ無言で手を合わせることしかできなかった。なんとなく、これが今生の別れなような気がして、なんとも切なくなり、涙が少し流れた。信長公の供養塔、その隣の本能寺の変(本能寺側は、“天正事変”と記す)で敢えなく亡くなった物故者の供養塔、日◯(←ホという字、Google board には見つからず、逮捕などの捕という字の右側)上人供養塔、お寺および文化会館建設の功績者の顕彰塔、そのうしろにひっそりとただずむ功績者の一人、丹羽五郎先生御墓、三基の古い御墓(徳川家重室、大納言にお付きだった局、島津貴久御正室御墓~日像日隆上人様などのご歴代の御墓~遠忌法要などの際の卒塔婆~後伏見天皇御子日承上人御墓(宮内庁管理)とお参りして、手水で手を清め口を濯(ゆす)いだりしているうちに大粒の雨が少し落ちたがあまり続かずすぐに大陽が戻った。なにやら離れ難かったが、行かなければならないところもあり、歩を進めた。写真の撮影はすべて2025.07.09(水)午後14:00~合掌。
初めてお参りしたのは、もう50年ほど前ですが、本能寺の変の時には、本能寺のお坊さんも、二人ほど巻き添えになって亡くなっています。信長さんの首を弥助という黒人の家来が持って行ったとかそんな説もありますが、それが事実なら、では誰が信長さんの首を切り落としたのかは、謎ですね。弥助が信長さんの首を切り落として持って行ったのでしょうか?それとも、信長さんが切腹をした時に、他の家来が信長さんを介錯したのかな?と、言うより信長さんの遺体が見つかっていないのだから、本能寺で本当に信長さんが亡くなったのか謎ですね。因みに、個人的な組織が起こしたクーデターを『変』と言い、政治的な組織が起こしたクーデターを『乱』と言いますので、光秀さん以外の黒幕は、いなくてあくまで個人的な組織が起こしたクーデターとして『本能寺の変』として記録に残したのではないのでしょうか?
本能寺信長公御廟所拝殿。(202209)※登録有形文化財(建造物)織田信長の三男信孝が本能寺に信長の御廟を建立。墓には信長が所持していた太刀が納められています。境内には織田信長及びその側近達の供養塔もあります。🅿️有料駐車場あり。🚻トイレあり。※客観的に普通の物が『最高』評価にはなりませんので悪しからず。
信長公が眠られている墓所です。あまりに歴史的有名な方なので、訪れる人も多いです。神聖な空気の中で落ち着いて手を合わせました。お賽銭は、なんとPayPayで支払うことができます。すごい時代になったものです。本能寺の本堂横の細い道を進んでいくと、墓所が現れます。本能寺は商店街の入り口にあり、初めての方は驚くかもしれません。しかし、入り口からは想像できないほど、本能寺は広大です。本堂の中も広く、荘厳な雰囲気です。
信長の墓は、京都だけで5ヶ所もありますここ本能寺の他に、大徳寺総見院、阿弥陀寺、大雲院、妙心寺玉鳳院です特にここ本能寺と上京区の阿弥陀寺が有名です信長の命日には、この2カ所を続けて墓参される人もいるそうです織田信長の命日は1582年6月21日ですが、旧暦の6月2日に、ここ本能寺と阿弥陀寺では信長忌の法要が行われています信長の墓は、その他にも全国に15ヶ所以上もあるそうですここ本能寺の墓は三男の信孝が集めた遺骨を納めてあるそうです。
信長公廟!信長公愛用の刀が眠っているとか?いないとか?本能寺宝物殿にて復元した刀展示中とか?るろうに剣心の逆刃刀も展示中とか⁈
本能寺って河原町の中心部にあるけど意外といかないんですよねー刀剣が展示れていたりと見どころはあるみたいです。
奮戦するも敵将から脇腹を槍で刺され、やむを得ず自害した信長公の首を家来の弥七がどさくさ紛れて持ち出したとの話を聞いた事があります。映像や写真に残らない歴史は最有力の仮説だと思っています。
中京区寺町通御池下ル下本能寺前町にある法華宗本門流大本山の本能寺の本堂の裏手にあるのが信長公廟になります。境内でもここだけ少し空気が違うような気がしました。織田信長の三男信孝は信長の燼骨を集め、本能寺に信長の御廟を建立しました。この墓には信長が所持していた太刀が納められています。信長公御廟所拝殿は国登録有形文化財になります。
| 名前 |
信長公廟 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
〒604-8091 京都府京都市中京区下丸屋町(河原町通)405−5 |
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織田信長の三男信孝は信長の燼骨を集め、本能寺に信長の御廟を建立したそうです。