明治の灯籠、峠越えの歴史。
おんやとう御夜燈の特徴
明治末期まで旅人を照らした古道の石灯籠です。
矢倉沢往還の善波峠に残る歴史的な灯りです。
1828年から続く灯籠が旅人を支えました。
明治末期まで旅人の峠越え安全のため近くの茶屋の方の手によりに灯りがともされていたようです。その後は放置されていましたが平成6年に地元の方により復元されたそうです。念仏山に行く時に通り見つけました、案内板の上にあり説明を読んで茶屋の方の優しさ、復元した地元の方にホッコリしました。
場所の説明が難しいので 国道246号線 新善波トンネルの「旧道」のさらに以前の古道に と説明させてください 半分壊れた石灯籠ですが 明治の頃には毎晩これに灯をともして通行人の便をはかったと説明されています なるほど。
以前、テレビで紹介されていたので、鶴巻温泉から蓑毛方面へのハイク途中で立ち寄りました。夜間、峠越えをする方々の足元を照らしていたということです。長く灯をともし続けた茶屋のご主人・八五郎さんの心遣いが暖かく感じます。鶴巻温泉から弘法山への縦走路分岐からすぐです。善波御夜燈の先は念仏山、高取山へと続きます。
矢倉沢往還(青山通り大山道)の善波峠にあった灯籠。解説板とともに峠道のやや上にある。旧街道の雰囲気を偲べる良い雰囲気の場所。付近は旧街道の面影があり、とても良い気配の場所です。(2021-12)
矢倉沢往還(青山通り大山道)の善波峠にあった灯籠。解説板とともに峠道のやや上にある。旧街道の雰囲気を偲べる良い雰囲気の場所。付近は旧街道の面影があり、とても良い気配の場所です。(2021-12)
弘法山公園第二駐車場から念仏山を目指してトレッキングをしている途中に見つけました。駐車場から20分位の場所です。山道にひっそりとあるので、昔の人が歩きで山越えしていた事を思うと大変だったと思います。昔はこの峠、そのあとは旧善波トンネル、今は善波トンネルであっという間に通過出来てしまう場所なのですね。ここから、旧善波トンネル、新善波トンネルまで5~10分位で行けるので新旧の道を見て見るのも楽しいと思います。
1828年に作られ、旅人のために、峠の茶屋の八五郎さんがともし続けてくれたという燈。なんていい話なんでしょう、、、八五郎さんありがとう!お優しいのね。
矢倉沢往還の夜燈です。弘法山と吾妻山を結ぶ道を蓑毛方面に曲がり、お地蔵さんが並ぶところを少し上るとあります。
鶴巻温泉に向かう途中で寄りました。御夜燈は矢倉沢往還からはずれた少し外れたところにありました。峠と併せて良い雰囲気です。
| 名前 |
おんやとう御夜燈 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
|
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弘法山から吾妻山に行く途中に寄ってみました。弘法山から善波峠へ向かうルートは、崖上にあり。そこに御夜燈あり。下に下りると矢倉沢往還善波峠。文政10年(1827年)夜間に峠を越える旅人のための道標および街灯として作られた。明治末期まで、峠の茶屋の主人であった「八五郎」さんによって毎日火が灯され続け、旅人の安全を守ってきました。