全国唯一!
五條宮の特徴
敏達天皇を祀る唯一無二の神社で、橘氏の祖霊を大切にしています。
敷地内には500年生きた銀杏の木があり、荘厳な雰囲気が漂っています。
医道の祖神として五条大神、少彦名命を祀る境内は訪れる価値があります。
こじんまりとした、それでいて雰囲気はある神社です。外国人が写真撮ってました。近所でしたらお手軽に参拝できて良いですね。
御祭神は第30代敏達天皇。敏達天皇は大阪府太子町に天皇陵の治定をされています。イチョウの大木は立派です。付近には四天王寺もありますし、こちらにも参拝して頂ければ。神社はこじんまりとして、住宅街に囲まれた場所にありますが、神社独特の空気感に癒されました。
勝山通り沿いに鎮座する、こじんまりしてはいますが、なんか存在感のある、由緒ある神社です。ご祭神は敏達(びだつ)天皇。勝山通りが正面ですが、裏側から攻めると、雰囲気のいい、短い参道があります。宮司さんも気さくな方で、つられて2種の御朱印を拝領いたしました。
2024/9/2鳥居⛩️の前に名前の分からない大きく立派な木が有りました🌳他には[クサギの花?]の良い匂いがしていました😌境内は小さく見どころはほとんど有りませんでしたが、[大きな木]と[銀色の鳥居][裏の路地]が、印象的でした😊✨
御祭神 敏達天皇、五条大神、少彦名命境内社 稲荷神社(乗光大明神、八王寺大明神、福永大明神)橘氏の祖(敏達天皇)をお祀りしています。七神合堂(猿田彦神社、市杵島神社、天満宮、天照皇大神宮、八幡大神宮、宇賀御魂神社)四天王寺建立の際、設置された四箇院のうち施薬院、療養院の守護として建立されたと伝えられています。この辺りは、敏達天皇の邸宅があったと云われており、難波宮の五條筋にあたるため、五條宮といわれるようになりました。境内には、旧毘沙門池記念の石碑もありました。
橘家(奈良時代に権力を握った橘諸兄など…)の祖先に当たる敏達天皇を祀っている日本唯一の神社です。神社本庁には属していないとのことですが、他の神社と変わりなく立派な神社です。なぜ属していないのでしょう……?気になります。御朱印もいただきました。境内左手に神主さん?の自宅兼社務所があります。インターホンを押すとブザーが鳴りびっくりしてしまいました笑 その後、神主さんと思われる方に御朱印を書いていただきました。初穂料は言われませんでしたが、300円納めさせていただきました。
橘氏の祖霊を祀る神社。火難除の神様としても知られています。難波宮があったときには、皇太子の住居だったとも言われているそうです。
橘氏の始祖である敏達天皇が御祭神。敏達天皇は聖徳太子の父用明天皇のご兄弟で推古天皇はその妃。五條とは日本最古の帝都難波宮の五条に位置する事が御由緒だと聞く。奈良や京都より古く大阪にも都があった証を感じる名前と御祭神。小さなお宮だが四天王寺の東門を出て北に直ぐ、勝山通りとの三叉路にある。
聖徳太子のおじさん(敏達天皇)が御祭神で、四天王寺の北側に位置する小さな街中の神社です。
| 名前 |
五條宮 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
06-6771-5444 |
| HP |
https://osaka-jinjacho.jp/funai_jinja/dai8shibu/tennoji-ku/t109.html |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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593年四天王寺建立の折 人々を救済する仏教の教えに基づき聖徳太子が社会への実践的立場から四箇院 敬田院(修行)施薬院(薬草園 薬局)療病院(病院)悲田院(病者 孤独者救済)を併設 現代日本の福祉 医療の原点とされ その施薬院と療病院の鎮護の神として五条大神(大国主命 別称:大己貴命でしょうか)少彦名命を祀ったのが神社の始まりで後に敏達天皇を祀り「敏達天皇社」として橘氏の祖神を祀る全国唯一の神社 皇太子時代に居住した邸宅跡とも伝えられるとありますとある上町台地北端の古絵図を見た時に「敏達天皇社」の文字が書かれてありました 四天王寺旧跡もあり 元はその地にあったのでしょうか?ここで一つ疑問が……神社を創建し・数年後に太子が伯父でもある敏達天皇を祀り後世「橘氏の祖神を祀る神社」と後付けしたのか・後の世に橘氏が祖神である天皇を祀ったのか候補と思しき人物 橘諸兄(たちばなのもろえ)が頭に浮かんだからなのです最初に橘姓を賜ったのは母である県犬養三千代(あがたいぬかいのみちよ)なのですが女性の賜姓は一代で終わる為 子の葛城王が賜姓を願い出て許され橘諸兄となります(736年)敏達天皇から見て一般的に言う玄孫(やしゃご:ひ孫の子)に当たります聖武天皇彷徨五年の後期難波宮遷都(744年)に随行 当時 右大臣として権勢を振るった人物どうなんでしょうか🤔🤔🤔😅