藤次寺で願う金運如意。
藤次寺 (融通さんまいり)の特徴
藤次寺は、高野山真言宗に属する歴史ある寺院です。
明治元年から155年ぶりに地蔵院を再興した特別なお寺です。
金運如意のご利益があることで知られている融通さんです。
【藤次寺】2024.5.26㈰「とうじじ」と呼ぶみたいです。お孫さんが祖父を呼ぶ言い方みたいだと思いました(笑)生國魂神社に行く途中で、まだ参拝した事がなかったので寄らせてもらいました!こじんまりとたたずんで鎮座する神社です。ここには日本最大木彫 地蔵大仏が祀ってあります。木造大仏は建物の中にあり入口も閉まっていたので外からガラス越しにしか見ることは出来ませんでした。優しいお顔をされていました。驚いたのは小さい境内にちゃんと屋根付きの喫煙所があったことです❗珍しいと思いました。御朱印は普通の少しスタンプがカラフルな直書きの1種類だけでした。龍のお守りもありました。駐車場はないので周辺の有料駐車場に停めるしかないです。
谷町9丁目から直ぐに有ります。弘人年間(810~824)に藤原冬嗣の発願により、甥の仁端上人と共に藤原家の安泰を願って建立、名前は藤治寺でしたが明治に入り生玉十坊の1つである地蔵院と合併し、名前も藤次寺となる。本尊に如意宝珠融通尊を祀った高野山真言宗派の寺院です。"融通さん"と呼ばれる由縁は、願い事を融通する、思いのままに願い事を叶えてくれるという"如意宝珠融通尊"が祀られているから…宝珠は弘法大師様が作った宝の珠だそうです。私は参拝せずも作家の山崎豊子さんの墓所も有るそうです。その代わりと言ってはなんですが、良く手入れされた境内を左手奥に、石に光る弘法大師像に手を合わせて帰りました。
藤次寺は高野山真言宗のお寺で、山号は如意山。弘仁年間(810年~824年)に任瑞上人より開基。当初は藤冶寺という名前でしたが、明治初年に地蔵院を合併した際に、藤次寺と改称されました。本尊の如意宝珠融通尊は、「大阪の融通さん」と称されて、多くの人々の信仰を集めています。摂津国八十八箇所第19番ともなっています。かわいいお地蔵さんにも出会うことができました。
このお寺では、神仏分離令(明治元年)より155年(令和4年現在)ぶりに、地蔵大仏をお迎えして「地蔵院」を再興したとの事。お寺が藤原冬嗣氏により開創され、既に1200年余り。この悠久の流れには、驚きと感動を禁じ得ません。
このお寺では、神仏分離令(明治元年)より155年(令和4年現在)ぶりに、地蔵大仏をお迎えして「地蔵院」を再興したとの事。お寺が藤原冬嗣氏により開創され、既に1200年余り。この悠久の流れには、驚きと感動を禁じ得ません。
如意宝珠融通尊を御本尊とする如意山藤次寺は、1100年に藤原冬嗣公の発願によりその甥の任瑞上人を開基として建立された真言宗の寺です。建立の趣旨が藤原家を治める寺であるところから藤治寺と称し、代々藤原氏一門の祈願寺として栄えました。明治には生玉十坊中中の地蔵院を併合し、藤次寺と改称しました。別名融通さんと呼ばれています。
摂津国88ヵ所霊場。街中にある大きな寺院。谷町九丁目駅からすぐ。境内は手入れがされて、椿が綺麗に咲いていました。可愛いお地蔵さまがお出迎えしてくれます。
何時もお願い事を融通していたいだています。有難うございます。
弘仁(こうにん)年間(810年~824年)に神階の最高位である正一位、藤原冬嗣(ふゆつぐ)公の発願により、冬嗣公の甥である任瑞上人が建立。以降、藤原氏の氏寺として栄えました。高野山真言宗の寺院で、明治に生玉十坊中の地蔵院を併合して藤次寺と改称。大阪の融通さんとして親しまれ、祈念等で足を運ぶ人々が後を絶ちません。
| 名前 |
藤次寺 (融通さんまいり) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
06-6771-8144 |
| 営業時間 |
[水木金土日火] 7:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
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谷九の出口出てすぐの所にあるお寺です。大きなお地蔵さんや可愛いお地蔵さんがいらっしゃいました。