谷町のジャカランダ、早春の桜。
妙光寺の特徴
大阪市内で紫雲木が見事に咲くお寺です。
日蓮宗の久遠の本師釈迦牟尼佛を祀っています。
6月にはジャカランダの花が美しく咲き誇ります。
2024.04.075月~6月に見頃を迎えるジャカランダが咲くお寺で有名ですが4月の桜も美しいです。山門を潜ると、こじんまりとした境内を埋め尽くすほどのソメイヨシノに出会えます。(市のHP大阪市指定文化財より抜粋)「妙光寺文書」妙光寺に伝来する秀吉の3通の書状は、いずれも秀吉から妙光寺に宛てて発給されたもので、寺町の寺院と秀吉との具体的な関係を示す重要な史料である。3通はそれぞれ天正8年(1580)、天正13年(1585)、文禄3年(1594)のもので、文禄3年のものは朱印状である。これらの3通の書状は別の文書とともに1巻となっている。3通の文書には妙光寺の所領安堵に関する内容が記される。このうち天正13年の書状に記される所領の変更は、寺伝による妙光寺の大坂への移転の時期と符号し、移転に伴う寺領の所在の変更をうかがわせる点で興味深い。
大阪市内で一心寺と並ぶ見事な紫雲木があるお寺です。5月から6月頃には美しい花が咲きます。
日蓮宗の寺院、本尊は久遠の本師釈迦牟尼佛、もともと播磨国三木庄現在の兵庫県三木市に有り天正13年「1585年」に大阪に移転した。
日蓮宗 妙光寺立派な門構えの雰囲気ある寺院です。
大阪の谷町にある寺院です。近松門左衛門のお墓の南側にあります。(近松門左衛門のお墓の方が分かりにくいですが・・・)こちらには、「妙光寺文書」と呼ばれる秀吉からの手紙が、3通あるそうです。門前を通りかかったら、桐の花の様な紫色の花をつけた木が山門横に聳えていました。調べてみると、一心寺にあるジャカランダ(キリモドキ)と言う外来種の木と同じだとわかりました。梅雨時に花を咲かせる様ですが、曇り空に紫色の花が映えます。梅雨頃に、青系の花が咲くのは、空が曇っている代わりに、地上に青をあしらうためでしょうか・・・
6月にはジャカランダの花が咲きます。
谷町筋八丁目寺町のちょうど中心に位置する日蓮宗のお寺。この辺りは大坂城惣構(空堀)の南外側にあたり、上町台地の北端に建つ大坂城の唯一防備の薄い方面になる。(東西北は川に囲まれ、南だけが台地の続き)そういう土地にはお寺を防備のために建てるというのが当時の戦略思想であり、このお寺ももとは兵庫県の三木市にあったものが秀吉の命によって移転してきたもの。この辺りや天王寺区の寺町にあるお寺はこのような経緯で現在の場所にあるが、そのような秀吉とのやりとりが記載された唯一の文書が残っているのがこのお寺。妙光寺文書という朱印状によって秀吉から寺領を安堵されている。この文書は大阪市の指定文化財にもなっている。時代は下って昭和の初め。文芸評論家として有名な小林秀雄が東大卒業後に東京を出奔し大阪に出てきた際に最初に寄留したのがこのお寺。どういうご縁があったのかは不明。
谷町筋八丁目寺町のちょうど中心に位置する日蓮宗のお寺。この辺りは大坂城惣構(空堀)の南外側にあたり、上町台地の北端に建つ大坂城の唯一防備の薄い方面になる。(東西北は川に囲まれ、南だけが台地の続き)そういう土地にはお寺を防備のために建てるというのが当時の戦略思想であり、このお寺ももとは兵庫県の三木市にあったものが秀吉の命によって移転してきたもの。この辺りや天王寺区の寺町にあるお寺はこのような経緯で現在の場所にあるが、そのような秀吉とのやりとりが記載された唯一の文書が残っているのがこのお寺。妙光寺文書という朱印状によって秀吉から寺領を安堵されている。この文書は大阪市の指定文化財にもなっている。時代は下って昭和の初め。文芸評論家として有名な小林秀雄が東大卒業後に東京を出奔し大阪に出てきた際に最初に寄留したのがこのお寺。どういうご縁があったのかは不明。
| 名前 |
妙光寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
06-6761-1909 |
| HP |
http://www.nichirenshu-osakashi.org/map/tera_map/osakashi-chuo/myokoji.html |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
6月上旬ジャカランダが見頃を迎えています。おすすめの場所。