かつての賑わい、阿保茶屋跡。
阿保茶屋跡の特徴
中高野街道と長尾街道の交差点に位置する史跡です。
かつては賑わった茶屋が並んでいた貴重な歴史を感じます。
明治から大正時代末の『茶屋竹』があった場所として有名です。
石碑のみです。
阿保茶屋跡 この場所は阿保茶屋「あぼちゃや」とは読ます「あおんちゃや」と読みます。平安時代以降高野山に向かう南北に通る「中高野街道」と東西にはしる「長尾街道」の交差点に有る交通の要衝で立派なお茶屋さんが数件ありとても賑わっていたそうです。この場所には 明治39年に建立された 日露戦役記念碑 が建てられています、 日露戦争で 松原から出征した 軍人たちの名前が刻まれています。 さらに 昭和10年 4月には 満州事変 などで亡くなった 松原村の人々の 忠魂碑も建っています。 また これらの記念碑の南側には、阿保茶屋の 地蔵堂があり 堂内には 昭和4年に 再建されたことを記す 子安地蔵が祀られています。最近は地元の人達以外この場所の名前を知らない人が多くなってきました。
中高野街道と長尾街道が交差するかつての交通の要衝…昔、昔はこの辻周辺にたくさんの茶屋があって賑わってたそうじゃ…明治から大正時代末にかけて広さ1000坪を誇る大きな旅館『茶屋竹』がこの辻にあったんじゃ…【阿保茶屋】の名で親しまれてたそうなんじゃ…
葛井寺(ふじいでら)方面へとお参りする長尾街道と、高野山方面へとお参りする中高野街道との交差点で、現在の大阪市内にある難波宮から南へと続く難波大道と共に条理の起点でもあった場所らしく、幾つもの茶屋が存在して賑わっていたそうです。茶屋の碑は交差点の南西角付近にあります。大きく目立つのは松原村から出兵した日露戦没記念碑ですが、柵を隔てた北側に説明書きもあります。長尾街道についての詳しい説明の碑は、松原郵便局の東側にあります。
| 名前 |
阿保茶屋跡 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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長尾街道と中高野街道の交差点。近世はさぞ多くの旅人や荷車が行き交ったことだろう…⁈