足腰の守護神、護王神社へ!
護王神社の特徴
足腰の病気・怪我回復にご利益がある、いのしし神社として親しまれる神社です。
和気清麻呂とその姉を祀る神社で、平安京遷都に貢献した歴史ある場所です。
艦これの聖地でもあり、重巡洋艦高雄の艦内神社の分祀元としても知られています。
夜も参拝できるということで、平日19:00ごろ伺いました。無料の駐車場が利用できるのはありがたいです。雨が降っていたためか、誰もいませんでした。足腰の神様のようで、お参りする本殿など車椅子でお参りできるようになっていました♿️
烏丸通下長者町のT字路の南西角、京都御所の蛤御門の西側にあるのが「狛猪」がある神社として知られる「護王神社」になります。表門の横の塀や通り沿いの塀に「護王神社」の歴史や和気清麻呂公の物語や「護王神社」がお札として描かれたことなどが掲示されています。神社の北東角の塀には、鬼門除けで猪の像がのっており、座立亥串と書かれた石碑の後ろに「護王神社 鬼門災除猿」が描かれています。◇「護王神社(ごおうじんじゃ)」は、和気氏の創建による高雄山神護寺境内に作られた、和気清麻呂を祀った廟「護王善神社」に始まるとされる。◇和気清麻呂公が宇佐八幡までの道のりを300頭のイノシシに護られた、という故事にちなみ、境内には狛犬ではなく「狛猪」が配置されている。◇ご祭神は、「和気清麻呂」とその姉である「和気広虫」を主祭神として、「藤原百川」と「路豊永」を配祀神として祀っています。【主なご利益として】・和気清麻呂公が猪に救われて足の怪我が治ったという故事から「足腰の健康」「病気怪我平癒」のご利益があるとされる。・猪と深い縁がある神社であるなので亥年生まれの方には特に強いご利益があるとされる。・清麻呂公とその姉の和気広虫姫が逆境を乗り越えたことから、「厄除け」「災難除け」のご利益があるとされる。・和気広虫姫が多くの孤児を育てたということから「子育て・子供の成長」にご利益があるとされる。【護王神社の歴史について】平安時代末から鎌倉時代初に和気氏の創建による高雄山神護寺境内に作られた、和気清麻呂を祀った廟「護王善神社」に始まるとされる。江戸時代後期に第121代 孝明天皇が和気清麻呂の功績を讃えて、高雄山にある神護寺の「護王善神社」に祀られていた和気清麻呂に、「正一位 護王大明神」の神号を授けている。明治時代に「護王善神社」は、「護王神社」に改称し、別格官幣社に列格されています。明治19年(1886年) 第121代 明治天皇の勅命により京都御苑蛤御門前付近にあった公家の中院家の邸宅跡にに遷座されました。(現在地)大正4年(1915年) 第122代 大正天皇の即位の際に和気清麻呂と姉である和気広虫が孤児救済事業で知られることから子育明神として合祀されました。昭和23年(1948年)に神社本庁の別表神社に加列されている。昭和35年(1960年)に亥の子餅を皇室献上のため京都御所へ提灯行列を行うという「亥子祭」が始まりました。※祭礼日は11月1日になります。
京都御所の西側、烏丸通沿いにある神社です。足腰の守護で有名なので、スポーツをされている方や年配の参拝客をよく見かけます。16時頃に伺いましたが、この時間帯は混雑も落ち着いていて、静かな雰囲気の中でゆっくり参拝できました。閉門時間が近いせいか、御朱印を待つ人もおらずスムーズです。境内はとにかく猪(いのしし)だらけで、狛犬ならぬ「狛猪」が迎えてくれます。手水舎や細かい装飾まで猪がモチーフになっていて、見どころが多いです。敷地自体はそれほど広くないので、20分もあれば十分に回れる規模感でした。専用の駐車場が数台分ありますが、烏丸通から入る際に少し迷いやすいかもしれません。夕方の落ち着いた空気感と神社の雰囲気がまた素敵です。
イノシシの神社、狛犬も狛猪だし手水舎もイノシシから水が出てたり至る所にイノシシがいて見応えがあった。途中で以前に岡山で参拝した和気神社と関係が深いことに気づきました。和気清麻呂公の像もあったり、神社の周囲の壁にもその物語が絵巻のように描かれてたりしてた。イノシシのおみくじが気に入ったので買いました。木彫りのイノシシもすごかった。イノシシのじんじゃだからか、鬼滅の刃のキャラクター、嘴平伊之助の猪の被り物まで飾ってあってちょっと笑った。鬼滅の刃のロゴマークのような護王神社のマークが入ったフォトフレームもあったり、遊び心も感じられて楽しく過ごせた神社でした。
護王神社は、京都市上京区に位置する歴史ある神社です。794年に創建され、平安京の守護を目的として建立されました。特に足腰の健康を祈願する神社として知られ、多くの参拝者が訪れます。境内には、足腰にご利益があるとされる「足腰守護の石」があり、触れることで健康を祈ることができます。また、神社の周囲には美しい自然が広がり、四季折々の風景を楽しむことができます。護王神社は、歴史的な背景と自然の美しさが調和した、心安らぐ場所として多くの人々に親しまれています。訪れる際には、ぜひその静寂と神聖な雰囲気を感じてみてください。
行ったことのない場所でしたが、タクシー運転手さんのお勧めで寄りました。ちょうど友人が転倒して膝をひどく打っていたので、足腰の治癒祈願にとお願いに伺いました。お守りを頂いて来ましたが、京都にしては大きくないけど興味の湧く猪のいる神社でした。皆さんの足腰が治りますように!
ゆっくり訪れるのは初めての護王神社。現在は、イノシシの神社や足腰の神社として、知られています。平安京の建都に貢献された和気清麻呂公をお祀りしています。明治19年に明治天皇の勅命で、現在の地に社殿が作られてたそうです。その後、崇敬者により境内のに、狛いのししが奉納されたことで、いのしし神社とも、呼ばれています。そして、ゴジラ➖1.0ファンは、くるべきです。日本海軍重巡高雄の艦内に護王神社が、あったとのことです。境内には高雄と映画の紹介もありました。神社やお寺にご参拝し由来などを知ると、また違う印象をいつも感じます。ら。
護王神社は京都御所の西側、烏丸通に沿いに鎮座する神社で、平安京の建都に貢献された和気清麻呂公(わけのきよまろこう)をお祀りしています。確かな創建年は伝えられていませんが、もとは洛西の高雄山神護寺の境内に清麻呂公の霊社として祀られ、古くから「護法善神」と称されていました。江戸時代末の嘉永4年(1851)、孝明天皇は清麻呂公の歴史的功績を讃えて正一位護王大明神の神階神号を授けられ、明治7年(1874)には「護王神社」と改称して別格官幣社に列せられました。明治19年(1886)、明治天皇の勅命により、華族中院家邸宅跡地であった京都御所蛤御門(はまぐりごもん)前の現在地に社殿を造営し、神護寺境内からご遷座。後に姉君の和気広虫姫も主祭神として合わせ祀りました。その後、崇敬者により境内の霊猪像(狛いのしし)が奉納され、「いのしし神社」とも呼ばれ親しまれています。ホームページより。
道鏡と称徳天皇によって別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)と改名させられた和気清麻呂が祀られています。猪とゆかりがあるため境内の手水、狛犬ならぬ狛猪と全てが猪です。足腰健康の神社でもあるため老若男女が健康祈願に訪れています。またら高雄の艦内神社でもあるため境内の一角にコーナーが設けられています。
| 名前 |
護王神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
075-441-5458 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 9:30~16:30 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
〒602-8011 京都府京都市上京区烏丸通下長者 町下ル 丸太町 桜鶴円町385 |
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亥年からすると気になる神社で、ようやくお招きいただけました。また足腰に御利益ありとの事で還暦に近づいた身体にはありがたい神社でもあります。比較的朝早く向ったので、参拝者は少なく静かでゆっくり参拝出来ました。狛猪が守護する鳥居を抜けると立派で美しい拝殿が構えていますが、まずは清めるため手水舎へ。手水舎もユニークでちっちゃい猪で飾られ水は猪から注がれます。本殿も立派な唐破風屋根で豪華で美しい印象を受けます。美しく豪華で俗世の様に思えますが、一歩境内に入ると本当に静寂で重苦しくはないですが、神社固有の空気感はあります。ただ各種SNSで公式アカウント、公式キャラクタで柔らかい雰囲気で信仰を促している様です。参拝は公共交通機関が良いですが、長者通りから進入すると数台無料駐車場があります。