勝海舟ゆかりの地、歴史の足跡。
海軍営之碑の特徴
勝海舟ゆかりの地で歴史を感じられます。
除草された紅葉が美しく、訪れる価値があります。
ひっそりと佇む記念碑に心が癒されます。
司馬遼太郎の「竜馬がゆく」によると、神戸海軍塾(軍艦操練所)のあった場所から、勝海舟による「大石碑」を、ここに移したとのこと。坂本龍馬にとっても「青春の碑」といっていいと、著者は書く。海軍云々もさることながら、歴史、人の物語、偉人たちの青春を感じたい場所。
記念碑まで登るのは良いですが、それだけの価値があります。(原文)A good climb up to the monument but worth it.
除草されていて紅葉もきれいでした。
A good climb up to the monument but worth it.
日本の近代化のスタートともいえる場所ですが、探さないとわからないくらいひっそりとしています。勝海舟に思いをはせて。
ひっそりと佇んでいます。
■海軍営之碑 #20210216勝海舟が、この神戸で海軍が誕生した経緯と、それを可能にしてくれた将軍徳川家茂公を称え「海軍営之碑」を製作。諏訪山公園にある石碑。製作は元治元年(1864)で海舟直筆と云う。位置は金星観測記念碑に10数m程度と近い北側高台。しかし海舟は失脚で海軍奉行罷免、翌年慶応元年(1865)5月に海軍操練所も閉所となり、設置建立が叶わず、碑の処置を生島四郎に託した。四郎は自らの別邸の庭に碑を設置。その後50年、大正4年(1915)神戸市に寄贈され、市が諏訪山に碑を設置する。石碑背面に松平慶永(春嶽)の和歌が刻まれている。古碑とも云えないが百余年経過で碑文の彫りの損傷が激しく、表面碑文上に黒御影石の石板を貼り修復した。現在は光り輝き読み易い。●現地は勾配がきつい。諏訪神社参道の途中からそれて東へ脇道を登れば諏訪山公園に行ける。見通しのきく参道から急な階段をあがれば諏訪神社。更に上に登ればビーナスブリッジ、やや難儀あるも良い運動になる。ちなみに後に居留地近くの「みなと公園」に海軍営之碑が表面だけ複製し建立された。複製の方が時代物と見えてしまう。神戸にあるべき貴重で重要な碑だ。
勝海舟ゆかりの地。
| 名前 |
海軍営之碑 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
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