琵琶塚で経正の名器を偲ぶ。
琵琶塚の特徴
琵琶塚は明治35年に建立された石碑で歴史を感じます。
足利義満がここからの眺めを気に入った場所として有名です。
江戸時代から琵琶の名手・平経正の墓と信じられています。
琵琶の形(平面形)をした石碑です。琵琶の名手、平経政はん(平敦盛の兄)の墓と思われてたみたいです。
明治三十五年(1902)、有志により碑が建てられる。
清盛さんの甥っ子、平経正さんの墓と信じられてた塚です。清盛塚同様、移設されて現在所在の位置に在ります。
平経正(清盛の弟経盛の長男で敦盛の兄)の墓と思われていた塚に、後に建てられた碑が移設されて、今はここにあります。
清盛塚の横にある琵琶塚平清盛と関係はない、楽器の琵琶の塚。
弦楽器を趣味でやっているので、琵琶を名手にあやかりたいという下心たっぷりで参りました。敦盛さんの塚にも行きたくなりました。
この地に江戸時代から琵琶の名手であった平家一門の平経正の墓があったと言われたようで、その墓の石碑のようです。琵琶法師とは一般には琵琶を弾きながら平家物語などの軍記物を語る語り部であり、芸能者の一種だと思われていますが、もともとは、僧侶が、修行のために琵琶などの楽器を奏でながら経文を読むことにより、仏道を成就しようという、仏道修行の一つであり、仏法上は、妙音成仏と呼ばれ、法華経に由来しているとされます。琵琶の音と弾き手が一体となることで、心の動きを鎮める働きがあり、仏の境地に近づくことができるということではないでしょうか?琵琶塚は、清盛塚の隣にありますが、元は別の場所にあったようです。今は、海上安全の神様である住吉神社の敷地内にあります。
■琵琶塚琵琶塚は琵琶塚の石碑。明治35年(1902)建立。琵琶の形をした古墳が以前は在った。琵琶の名手であった平経正の墓として伝わる。大正12年(1923)神戸市電の道路拡幅工事により石碑だけが当地に移される。今は清盛塚とされる供養塔の十三重塔と並んで在る。
琵琶塚清盛塚と小道を挟んで北西に平面形が琵琶の形をした塚があり、琵琶塚と呼ばれ、江戸時代から琵琶の名手・平経正(つねまさ)の墓と信じられていました。平経正は清盛の弟・経盛(つねもり)の長男で敦盛(あつもり)の兄にあたります。明治三十五年(1902)有志により琵琶塚の碑が建てられましたが、大正時代の道路拡張の際に、清盛塚と共に現在地に移設されました。
| 名前 |
琵琶塚 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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『平家物語』に、平経正が仁和寺に名器「青山」をお返しする話が残っているので、琵琶の名手であった経正を偲んで作られた石碑とのこと。経正も敦盛も兄弟そろって一ノ谷の合戦で討ち取られたが、武士の本分よりも芸術を重んじたのが原因かもしれない。石碑ではなく、琵琶塚と呼ばれる塚(土盛り)はやや離れたところに実在したらしいが、古墳であったかどうかは記録が残っていない。