除夜の鐘で心安らぐ、遍昭の寺。
福應寺の特徴
除夜の鐘をつける特別な体験ができるお寺です。
広々とした境内が美しく整備されている印象があります。
お寺の方々が親切で心温まる対応をしてくれます。
写真の撮影日時は2025.10.27(月)①最初、通りがかりに“ペット霊園”“浄土宗福應寺”などの写真を撮ったのが08:14② お参りさせて戴きこちらのお寺のもう一つの門(恐らくこの門が正門)の写真を撮ったのが同年同日08:49。遍昭僧正御墓を探してなんとなくこちらのあたりではではと思い、案内板を目印に小路に入る。このお寺の先で女性に遍昭僧正御墓について場所を尋ね、とても親切に教えて戴き安心してしまい、足も疲れて再び福應寺に入り、お寺の墓地に設置されている墓石店名の入ったベンチで休憩させてもらう。地蔵堂・本堂前の鬢頭留尊者・古仏群をお参りし、うしろを見ると鐘楼があり、その前の駒札に開山は遍昭僧正とある。しかしこの時点で目的地の遍昭僧正御墓・藤黒稲荷大明神・華頂山元慶寺のお参りはできておらず、献灯・献香できるところはして、地蔵菩薩立像、鬢頭留尊者には記念に一枚(写真を)撮りますよ、と心の中で願って写真を撮った。以下に、帰宅してから調べた“遍照山福應寺”の基本データ等を記す。尚、突然訪れ、信徒や霊園(ペット霊園など)を利用しているわけでもないので、御本堂内の写真はない。参考として、①全国善光寺会ホームページ②遍照山福應寺ホームページ。善光寺会のほうはページ下に〈本ページの無断転用を禁ず〉という一文があったが、阿弥陀さまに頼んでお許し戴くよう願った。すべて敬称略。合掌遍照山福應寺…本尊・阿弥陀如来右脇・一光三尊善光寺如来元祖円光大師法然上人像左脇・開山遍昭僧正像歴代住持御位牌創建年・未詳開山及び開基・(天台)遍昭僧正宗派・天台宗のち浄土宗へ改宗中興年・明暦年間(1655~1657)中興祖・雲観良親西月大徳再建年・享保年間再建者・心誉誓運大徳大修理・当山第18世亮賢のとき再再建年・昭和38(1963)~昭和9(1934)室戸台風関西地方に上陸し、伽藍倒壊する。日中戦争、第2次世界大戦等で伽藍の再建進まず、第30世綜誉諦学上人の代、檀信篤志の勧募により伽藍完成す。(第30代綜誉諦学上人は現住職のお父上)歌碑・恋しくは たつね(尋ね)来て見よ福應寺 小松(平)重盛 やましなのさと御朱印・あります介護カフェ、寺ヨガ(現副住職により)愛犬…コテツLINE友だち追加できます各行事・涅槃会、彼岸会、盂蘭盆会、十夜法要など~日程はお寺へお問い合わせください。
僧正遍昭のお寺です梵鐘は 遍昭の銘があり その銘のおかげで戦時中金属の 供出を 免れたとか。
この度は、愛猫が7歳6ヶ月で亡くなり、家内共々、とても悲しくぽっかり穴が空いた気持ちでいました。本日、納骨を終え、しっかりご供養いただいこと、また、ペット霊園の環境を拝見し、心が少し晴れ、この地で安らかに眠ってくれると安心致しました。本当にありがとうございました。これからも宜しくお願い致します。
我が父が眠る墓のある御寺です。しいて言えば 地域によく有る小さな御寺さんで、観光で訪れるような処ではありません。
桓武天皇の孫である遍昭僧正の開基と伝えられています。はじめは天台宗に属していましたが、のちに改宗し浄土宗となりました。梵鐘に3つの穴があいているのは、太平洋戦争のおりに金属回収令(昭和18年)によって接収され、成分分析のためにあけられた穴とのことです。
仕事の関係で関わらせていただきました。その際に、ペット霊園を見学させていただき、ご葬儀の内容もご説明いただきました。ご出棺、お骨上げ、そして納骨とそれぞれの場面で読経と式事を行われて、ご家族の方たちとともに大切に、ていねいにお見送りのお式をされるということです。霊園もとても清浄な空間でかつ開かれた雰囲気であり、それでいてとても厳かです。また納骨後もいつでもお参りできて、定期的に法要もして頂けるとのことで、私もいつか家族にその日が来たら、こちらにお願いしようと思っています。
除夜の鐘打てるのがサイコー。
落ち着いた寺である。
思った以上に 広いお寺で 境内も綺麗だった。 早咲きの梅が 少し花開いていて なかなかいい雰囲気。
| 名前 |
福應寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
075-581-1249 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
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大石道沿いを散策している際、奥まった所にある山門が目に入り、ふらっと立ち寄った神社。本堂前の境内は綺麗に清掃されており、植栽も手入れが行き届いていてとても気持ちが良かったです。また、墓地の奥にシモクレンがきれいに咲いていたので、道路側に回り込み写真を撮りました。平安時代に創建された由緒ある寺院で、遍昭僧正(桓武天皇の孫)の開基と伝わっています。なお、遍昭僧正は和歌にも長けており、六歌仙及び三十六歌仙の一人です。