知恩院の先に美しき庭と静けさ。
一心院の特徴
知恩院とは別の浄土宗捨世派本山のお寺です。
日陰のあるエリアが点在し静かな環境で過ごせます。
美しい庭園が広がる穏やかな寺院で心穏やかに。
御廟に登る長い石段を登った先の右手にあります蓮華堂の手前です奥は墓地です。
浄土宗捨世派本山との事で、知恩院とは別のお寺です。何となく入りにくい雰囲気ですが、山門内すぐ左手の不動堂は気楽に参拝出来ます。不動明王と地蔵菩薩が祀られており、護摩木も用意してありました。
A serene and lovely temple with some shaded areas.日陰のある静かで美しい寺院。
ユックリ出来る。
いくつかの日陰のあるエリアがある穏やかで素敵な寺院。(原文)A serene and lovely temple with some shaded areas.
Interesting temple just east of Chion-in with a lovely garden. The stairs on the north side of the temple lead to a quiet and mostly neglected cemetery on the hillside.
| 名前 |
一心院 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
075-561-1012 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
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写真の撮影日時は2026.04.24(金)15:52~15:56。この日、わたしは知恩院御影堂で厳修された御忌大会 ギョキダイエ にお伺いしたあと、御影堂脇の円*(円は旧字体)光大師御廟路の石段を上がった。Wikipedia の一心院の項によると、この石段は“智慧乃道”と呼ばれ、その石段を登り切ったところの右側が一心院で、石段奥(正面)が知恩院総墓地入口、左側が法然廟(円光大師御廟所、東山御廟)入口であるとのことだが、確かに位置関係に相違なかった。Google map 上に“知恩院宮墓地”というのがあると思うが、この墓地は一心院の山門を入って奥に本堂があり、その側面に一心院の墓地があるが、その墓地の更に上に知恩院宮墓地があり、この場所は江戸時代を通じて宮門跡(知恩院の門主は江戸時代に至ると親王家の次男が継承することが慣例だった)である知恩院歴代門主の墓所であるため、宮内庁書陵部の管理である。わたしがお参りさせてもらったのは山門入って左側の不動明王と地蔵菩薩である。以下に一心院、一心院の開基・縁誉称念、一心院に“群仙山”という山号を授けた当時の知恩院門主・尊超入道親王の基本データを記す。参考として Wikipedia の一心院、称念、尊超入道親王など。すべて敬称略。また、こちらに“智慧乃道”と称される石段、石段奥(正面)の知恩院総墓地入口の両サイドにある石仏等の写真を同時掲載する。最寄り駅は京都市営地下鉄東山駅、京都市バス“祇園”停留所など。合掌一心院…山号・群仙山※天保9.10月(1838.11~12月)のある夜、当時の知恩院門主だった尊超入道親王の夢に白鶴の群れが一心院の裏山に飛来する光景を見て吉兆を感じ、一心院に群仙山という山号を授けたという)宗派・浄土宗捨世派寺格・本山本尊・阿弥陀如来創建年・天文17戊辰歳(1548)(因みに、お参りさせてもらった日2026.04.24(金)の日にちとしての十干十二支は⑤戊辰、旧暦03.08、月は上弦◐、仏滅、古法二十七宿は 23 番“柳リュウ”、悪日にして衣服の裁ち始め着初め埋葬に悪し、背けば七難重なるという、だった…手持ちの暦、一天暦による)開基・縁誉称念称念…永正10~天文23.07.19(1513~1554.08.17)享年42俗姓・藤田氏字・吟応号・三蓮社縁誉生誕地・武州品川郷(現・東京都品川区)出家・大永元(1521)師・周仰または親誉(江戸芝の三縁山増上寺)、祖洞或いは鎮誉(飯沼弘経寺、主に浄土教学を学ぶ)布教の地・初め岩槻の浄安寺、のち江戸に天智庵を開設し、名誉を離れ隠遁者の如く一心に念仏す。終焉の地・江戸・天智庵を弟弟子・念誉に譲り、称念、東海道を経て京に至る(天文16, 1547)。この時、知恩院に詣で、青蓮院により現在地を賜り一宇(一心院)を建立す。尊超入道親王…享和2.07.10~嘉永5.07.07(1802.08.07~1852.08.21)法壽(享年)51幼名・種宮諱(法名)・福道雅号・可笑、春山、玉龍尊称・華頂宮父・有栖川宮織仁親王母・安藤清子(有栖川宮家女房)※文化6.06.26(1809.08.07)徳川家斉(江戸幕府第11代征夷大将軍)の猶子となる。親王宣下・文化7.03.27(1810.05.29)得度・文化7.05.23(1810.06.24)※知恩院に入寺して法諱を福道と称す。尊超入道親王より受戒した人・徳川家慶、徳川家祥、第120代仁孝天皇、第121代孝明天皇発喪(喪を発せられた)日・嘉永5.08.21(1852.10.04)法号・大光明院照蓮社輝誉芬陀梨尊超大和尚墓所・知恩院宮墓地(一心院本堂上、宮内庁書陵部管理)