歴史の痕跡を感じる、加古川尾上町。
旧陸軍加古川飛行場(尾上飛行場)跡の特徴
旧陸軍加古川飛行場の痕跡がわずかに残っている歴史的な場所です。
特攻として若い隊員たちが飛び立った重要な史跡です。
周辺には浜の宮公園や商業施設も揃い、訪れやすい環境です。
旧日本陸軍の飛行場です。地元では尾上飛行場(おのえひこうじょう)、滑走路が三角形に配置されていたことから**三角飛行場(さんかくひこうじょう)**とも呼ばれていました。* 開設: 1937年(昭和12年)12月* 目的: 関西地方の防空、少年飛行兵の訓練* 規模: 約150ヘクタール* 滑走路: 全長500~1,700メートルの舗装滑走路3本が三角形に交わる、他に非舗装滑走路も存在所属部隊: 飛行第13戦隊、飛行第246戦隊、第1教育隊など開設当初は、戦闘機部隊が配備され、関西防空の要として機能しました。飛行機の整備や少年飛行兵の教育も行っていました。太平洋戦争末期になると、特攻隊の中継・出撃基地としても使用され、知覧基地(鹿児島県)へ向かう特別攻撃隊が立ち寄りました。終戦後、飛行場跡地は農地や工場、住宅地などに転用され、当時の面影を残すものは少なくなっています。跡地の一部は、オーミケンシ加古川工場(2021年閉鎖、建物は解体済)、商業地、住宅地となっており現在は石碑と案内板位しか面影はないです。かつて基地の前にあった旅館「中村屋」は特攻隊員の宿泊施設として利用され、遺書などが残されていましたが、旅館の取り壊しに伴い、慰霊碑は近隣の鶴林寺に移設されました。尾上公民館では、「加古川飛行場資料館」として常設展示が行われており、当時の資料や写真などが公開されています。浜の宮公園には、陸軍航空通信学校「尾上教育隊」の兵舎跡の一部基礎が残っています。
紫電改の残る鶴野飛行場に比べて、圧倒的に残留物が少ない。
30年くらい前に、知り合いの写真家から、飛行場の痕跡があると聞いて、カメラ片手に探しに行ったことがありました。結局、飛行場らしきものは探せませんでした。その頃と比べると、お店なども増えて変わりましたね。一時は民間の飛行場になっていたとも聞きました。情報の蓄積が必要ですね。
旧陸軍の飛行場跡として碑が残っています。説明板には写真が掲載されているので、ちょうどこの場所がメイン滑走路だったのかなと思います。今は全く変わってしまっているので、立ち寄って「ここかぁ」と思いを馳せるには少々足りないと感じたので評価は低めです。車で訪れた場合は待避所が2カ所あるので、そこに車を停めることが可能です。
ほぼ何も残ってないが、当時の痕跡は少し残っている。
この辺は他にも軍事施設があったらしく、浜の宮公園も元野戦病院だったらしいよ。
ここからも特攻として若い隊員が飛び立ちました。負の遺産として語り継いでいく必要があります。
日本陸軍の飛行場だったらしい今はスーパーやホームセンター、散髪屋や飲食店にパチンコといろんな商業施設が集まってます。
| 名前 |
旧陸軍加古川飛行場(尾上飛行場)跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
079-427-9135 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.kakogawa.lg.jp/soshikikarasagasu/somubu/somuka/heiwa/30141.html#chuukonntokkoutaihi |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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加古川尾上町、尾上公民館西側にある碑。