情趣に富む歴史の劔主神社。
劔主神社の特徴
劔主神社には歴史ある式内社が鎮座している。
巨樹が多く、自然に囲まれた境内が魅力的だ。
本殿横と裏に位置する白石大明神を訪れた。
古色蒼然にもしみじみと情趣に富む劔主神社さん。祭神はおそらくツルギネ・劔根命さんと思われます。剣根命。カツラ姫、カツラヨリ姫の父。神武政権下、葛城の国造として活躍されたといいます。茅渟(大阪府和泉周辺)のオオスエツミさんのお嬢さん、ヤスタマ姫と葛城一言主さんの長男として生まれたのが、勝手尊/カツテカミ・カツキマロ・ヤスヒコさん(吉野勝手神社祭神、受鬘/うけり命、勝手明神)。次男さんは筑紫弦田物部の祖、天津赤星・アカホシさんで、このカツテカミ・カツキマロさんのお孫さんが、当社祭神のツルギネさんと聞きます。因みにカツテカミは鹿児島宮・龍宮豊玉姫の産科医でウガヤフキアワセズ・カモヒトさん出産の際、主治医として携わったそう。葛城一言主→勝手尊→不明→劔根命となり、ツルギネさんは葛城氏の祖として地域に今以てなお、信仰厚く親しまれているようです。のち、葛城ツルギネ一族とタカクラシタ一族の婚姻により起こったのが尾張連とも。高倉下さんの孫、天忍男/アメオシオさんとツルギネさんのお嬢さん、賀奈良知姫/カナラチヒメとの結婚により生まれた、オキツヨソさん、タケヌカアカさん、ヨソタリヒメさん。これ即ち、尾張連の祖であると聞きます。大宇陀には、合計三社、劔主神社さんがあるそうです。鳥居前に車一台なんとか置けます。
十四年ぶりの訪問。神社はほとんど變わってないように思うけど、鳥獸被害のせいか、周りは網で圍まれている。ダムもそうだし、水田、畑、神社の周りが網なんだ。眺めはそれで少し惡くなった。まあ、最近、奈良縣は豬、鹿ともに激增しているからね。境内にいる時も鹿の鳴き声が聞こえた。さらに、雉があちこちで鳴いている。一羽、オスの雉が田圃にいたのもみた。自然が豐かなところだね。
劔主神社(つるぎぬし) 白石 白石大明神 本殿横と裏に鎮座している。当社の奥宮は岳山の白色の巨巖で、これを信仰の対象としていた。磐座である巨磐を割り、運び当地で信仰した。宇陀には磐座の欠片を持ってきて祀る習慣があるらしく、文字通りの具体的な分祠と言え 当社の磐は石英で白い白石大明神とよばれた 宇陀市大宇陀宮奥116
歴史ある式内社とういこともあり、境内に巨樹が多い。環境省 巨樹・巨大林DBにはNo.47638~50に幹周り3~5m、樹高25~30級の杉が登録されている。多くの杉の巨樹がある神社であるが、巨樹愛好家達のHPにも記述なく、巨樹愛好家であっても情報的に辿り着きにくい巨樹群・神社である。
良いところだった。
| 名前 |
劔主神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0744-23-7695 |
| HP |
http://www.narashinsei.com/search/%E3%82%BF%E8%A1%8C/%E5%8A%94%E4%B8%BB%E7%A5%9E%E7%A4%BE-2/ |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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周辺のオススメ
剣主神社(つるぎぬしじんじゃ)。奈良県宇陀市大宇陀宮奥。式内社(小)論社、旧社格不明。【祭神】剣主根之命資料によると、熊ケ岳、龍門岳に源を発する西川(富ノ奥川)が両岳より伸びる尾根の間を西北へ流れ、その流れに沿ってひらけた帯状の狭い耕地の北に山地を背にして鎮座。山裾の神社であり、境内に杉樹が多い。奥に大きなダムがある。江戸末に本殿が造営されるまでは社殿なく、現社地は遥拝所であったとおもわれる。本殿の周囲に白色の硅石が数個ある。当社ははじめ奥宮と称せられた岳山の白色の巨岩を信仰の対象としていた。今鎮座地の西北方へ約550m程距たつた山頂に硅石の巨巌が聳立し、そのうちの一巨石を奥宮と称して神聖視されていて磐境の遺構と考えられる所があるが、この地域は「明神の尾」と称せられて例祭には必ずここに参拝し参籠するのが慣例になつていた。この明神之尾の北側の地は字「ズイコク」「ジョロヤシキ」と称せられており、ここに宝林山瑞谷院があつたと言われ白石明神の奥之院に当り、剣主神社奥宮と称して神祭行奉を社僧が執行していたと伝える。瑞垣内に大白石があり、その前に本殿が建つていることからも白石に対する信仰であることがうかがわれる。奈良県宇陀市大宇陀宮奥に鎮座する神社です。下宮奥地区の「剣主神社」、半阪地区の「剣主神社」と共に式内社「劔主神社」の論社となっています。現在は御祭神として「剣主根之命」を祀っています。江戸時代には御祭神は不明でしたが、伴信友は『神名帳考証』において葛木忌寸(葛城国造氏)の祖である「剣根命」を祀るものと唱え、現在の御祭神はこれに従ったものと思われます。とあります。