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名前 |
純正雄町米特産之地碑 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.0 |
「雄町米」とは、安政6年(1859年)に備前国上道郡高島村雄町(現 岡山市中区雄町)の篤農家岸本甚造により発見された米です。はじめは、二穂を発見した事から「二本草」と呼ばれていましたが、各地に普及するに及び選出地名にちなんだ「雄町」と呼ばれるようになりました。この頃は、今の「山田錦」の如く、圧倒的なブランドイメージだったようです。ただ「雄町」にも弱点があり、背丈が高く倒れやすく、病気にもかかりやすい。戦後の機械化優先の農業には不向きとされ、年々生産が減り「幻の米」となりました。そんな弱点を克服するため品種改良が行われ、「山田錦」「五百万石」が誕生したのです。しかし近年、県内の酒造メーカーや地域の努力により、その後作付面積は回復しつつあり、「現存する最古の酒米」「酒米の元祖」と言われるまでになりました。岸本甚造が初めに栽培した田んぼ(地)が、この辺り(現在は中区四御神)だったことからこの地に特産之地碑が立ち、また「雄町米元祖岸本甚造翁碑」も現在の中区雄町に立てられています。また、岡山市中区雄町の他に、岡山県赤磐郡赤坂町(旧地名・軽部)の「赤磐雄町米」も同種で有名です。