弥生時代創立の古社、天一神社!
東徳久 天一神社の特徴
約二千年前に創立された、由緒ある古い神社です。
天御中主大神を祭神とし、多くの古書に登載されています。
銅剣が御神体として安置されていることで有名です。
約2千年前(弥生時代)に創立された日本でも最古の神社。宝剣(銅剣)が御神體であることは、天智記に「安置御宅」と記されている。祭神、天御中主大神、天目一箇神延喜式神名帳「播磨国佐用郡二座佐用比賣神社、天一神玉神社」播磨鑑「天一神社は柏原郷東徳久中馬村と云う所の上山 祭神天御中主大神」他にも播磨国風土記など古書に記載がある。集会所に車を停め、山道を少し登ると、猪除けのフェンスがあり、針金を解いて登ると扁額に「天一神社」と記された鳥居が立っている。暫く登ると「天神降臨の岩」と「書道の神」の祠があります。さらに登ると天一神社の社殿に着きます。(約10分)奥に、立派な鳥居⛩️があり、古来より神に見守られた美しい郷を臨むことができます。帰途、畑でツガイのキジに出会いました。神様のお使いでしょうか。
たまに地方の神社の歴史を、旅行気分で調べていると、この神社のように、途方もない歴史のある古社と出会うことがある。砂鉄がとれて鉄を取り扱っていたこの地域は、鍛冶の街として日本でも目を見張るような発展をしていたのだろう。いつしか日本の都で知られる有数の街となり、街の評価として天一神に官位を賜ったものと私は考える。無格社でありながら、857年の文徳實録(もんとくてんのう-じつろく)に載り、927年の延喜式神名帳(えんぎしき-しんなちょう)に載る神社である。______________________❶【参考 佐用郡誌 大正15年】天一神社本社は無格社であるが、延喜式神名帳(えんぎしき-しんなちょう)に載る有名な古社である。又、文徳實録(もんとくてんのう-じつろく)に天安元年(857年)8月に従五位下を授かり、官社預かりとなったという記録が残る。王朝時代は相当に尊敬された神であったが、その祭神は明瞭ではなく、神祗志(じんぎし)によれば、天目一箇神(あめのまひとつのかみ)との記載がある。[佐用郡誌での祭神の天目一箇神の説]天目一箇神(あめのまひとつのかみ)は 金属加工業、製鉄業などに霊験があり、ものづくりの神である。当郡の山谷地方は砂鉄を生じ、多くの鉄製品の製作をなしたることはその証跡もあり、明白である、という。天目一箇神(あめのまひとつのかみ)を鍛冶の神として祀りて、里人は鉄製作をなしてきたのではないか、とある。[古語拾遺による]天目一箇神(あめのまひとつのかみ)は、太玉命(ふとだまのみこと)の配下に属し、鍛冶をもってなりわいとし、刀斧(とうふ)および鉄鐸(てったく)の如きものまで種々の製作にしたが、その子孫は筑紫、伊勢地方の忌部(いんべ・祭祀を司る一族)となり、永く後世にいたるまでその職を受けたるを以て、崇神朝(すうじんちょう)の鏡劔製作のときも又、彼らのその用を勤めしめ給へるなるべし、とある。[播磨鑑による]天一神社は柏原郷東徳久村中馬村という所の上山 祭神_天御中主神[鎮座地] 徳久村東徳久字西間村[祭神] 天御中主神_________________857年文徳天皇の世の時、天一神は従5位下を授けられている。1000年以上前の日本で、全国的に知られた神社であった、といえる。❷【参考 六国史(文徳実録)昭和5年】文徳天皇 天安元年(857年)8月より〇庚辰、播磨国に在る正6位上 天一神 従5位下授けられた、とある〇丁亥、播磨国従5位下 天一神 官社預かり、とある__________________
天一神社、兵庫県佐用郡佐用町東徳久。主祭神=天御中主大神。天目一箇命。鍛冶の神。銅剣発掘。川辺に近い村、山上へ鎮座。村の裏手に鳥居がよく見え、山道を道なりに進むと、小祠がすぐにあり、さらに登ると山上に社殿が見える。拝殿と幣殿、一段上がり本殿が構える。
由緒ある古い神社です。
民家の脇の小さな山道が入口です。獣除けの柵を外れば入れます。狭い山道を登ると,書道の神が奉られており,さらに奥に登っていくと鎮座しています。弥生時代に創立され,約二千年の歴史があるようです。非常に趣があります。山道が急なので足元注意です。駐車場はありませんが,近くの公民館に止めることができます。
天一神社由緒 東徳久字西間村鎮座祭神 天御中主大神この神社は今より約二千年前(彌生時代)に創立された日本でも 最古の神社で寶剣(銅剣)が御神體なるは天智記に 「安置御宅」記され延喜式神名帳をはじめ多くの古書に登載され 有名である。尚奈良東大寺戒壇神名帳に「天一天白中頭天王」 と天一神のことが登載されている。
| 名前 |
東徳久 天一神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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天一神社(てんいちじんじゃ)。兵庫県佐用郡佐用町東徳久。式内社(小)天一神王神社、旧無格社。主祭神:天之御中主大神 (配祀)天目一箇神(あめのまひとつのかみ、金属神)資料によると、創祀年代は不詳。文徳実録に、「丁亥在播磨国従五位下天一神預官社」と記されている古社。式内社・天一神玉神社に比定されている神社だが、天一神玉神社は、天一神王神社とも記されハッキリしていないようだ。一般には、天一神玉神社ではなく、天一神社とされ、現在の社号も、天一神社となっている。祭神は、天御中主大神。ただし、この祭神は、天一神社の社号から付会されたものと考え、祭神を金属神である天目一箇神とする説も有り、現在は、両神を祭神としている。宝剣(銅剣)が御神体であることは、天智記に「安置御宅」と記され、延喜式神名帳をはじめ多くの古書に登記され有名である。尚、奈良東大寺戒壇神名帳に「天一天白中頭天王」と天一神社のことが記されている。正月には疾病を免れると近郷より多数の参拝者がある。明治20年(1887年)頃、平松の「ゴロウ」と呼ばれる所から銅剣が発掘された。これが当社の御神体・御神宝とされるもので、弥生時代に大陸から渡って来たものだという。県の重要文化財に指定されている。とあります。