神功皇后が秘めた布土の森。
唐櫃石神社の特徴
神功皇后が埋めた金の鶏の言い伝えが魅力の神社です。
唐櫃小学校の裏にあるフドの森と呼ばれる場所です。
明治時代の発掘にまつわる石の文字の歴史があります。
子供の頃「ふどのもり」と近所では呼ばれていました。唐櫃小学校の歴史の授業で習いました。昔、中国から金の鶏の入った箱(櫃)を皇后から授かり、困り果てたときに掘り起こせと言われて埋めて祀っていた。しかし、後の世になり、村人たちがふざけ半分で掘り起こした。中にはなにもなかった。この時ふたが裏返しになったのかもしれなかったらしく、箱を埋め直したが、掘り起こした若者を中心に伝染病で村人のほとんどが亡くなったそうで。子供の頃は、ふどの森に入るとき、木の根を踏むと足が腐ると言われていました。そのうち、マムシがでるようになり、立ち入り禁止になりました。
金の鶏が埋められているという言い伝えがあり、それを掘り起こすと不幸がやってくると言われている。
子供の頃、フドの森と呼ばれていたが、まさかヌノド(布土)の森とは!うっそうと生い茂った森でなにか出そうな雰囲気があり、今でも苦手です。
神戸市立唐櫃(からと)小学校の裏にある「布土(ののど)の森」に、神功皇后が朝鮮半島から持ち帰った「金の鶏」を櫃に入れて埋めたという。そこから地名が「唐櫃」となった。布土(ののど)とは、「野のお堂」のことで、分かれ道にある地蔵堂のこと、とも、また周囲一面に広がる田が布のようだったから、とも言われる。ここにある大きな石(岩)の上に座ったり、物を乗せたりしてはいけないそうです!(必ずお腹が痛くなるらしい!)
もともと石に文字が書いてありましたが、明治時代ぐらいに誰かが発掘しようとして戻した時に反対にしてもたそうです。そのあと病気が流行ったらしいです。
ここはヌノド(布土)の森といわれ唐櫃小学校の裏の道にある。神戸市の碑文には「この森の中に、神功皇后をまつるという石造りの祠がある。大和時代神功皇后が三韓(新羅、百済、高句麗)から持ちかえった武器甲冑と雌雄の一対の黄金作りの鶏を唐櫃にいれて埋められたと伝えられ、それが唐櫃の地名のおこりであると言われている。」と書かれている。
神功皇后が、三韓征伐の帰途、この地に留まり、甲胃や金細工の雌雄の鶏を唐櫃に納め、「村民危急の際に掘りおこせ」と埋蔵した、という伝承がある。唐櫃の地名はこの伝承に由来しているといわれる。社殿は高さ1mの石の祠で、通称は「石神社」。 石の祠の北側に石棺が埋められていると伝えられ、明治の中頃に、村民が伝承を確かめようと発掘を試みたところ、石の蓋らしいものがあっただけで、埋蔵物の存否を確かめることは出来なかったという。その後、村に不治の病や負傷者が続出したため、村民は二度と発掘しようという話も出なくなったという。
| 名前 |
唐櫃石神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
078-907-5329 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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2025.1.12神戸市北区にあり、神戸電鉄唐櫃台駅が最寄りです。神社と言うよりも、祠の方がしっくりきます。駐車場なし。トイレなし。祠は、唐櫃小学校の裏手にある、ちょっとした杜の中に佇んでいます。狭いながらも、雰囲気が良いところです。神功皇后の伝説もあり、大層歴史のある場所と言えます。