織田信忠が築いた歴史の証。
明石道峯構付城跡の特徴
お手軽に訪れられる、明石の歴史的な城跡です。
天正7年に築かれた付城の一つで、実際に感じる迫力があります。
約3分の登山で主郭部へ到達でき、見事な保存状態が魅力です。
国史跡として整備されて駐車場もあり見学しやすく、案内板、資料も入口に置いてあります。遺構も素晴らしいです。
よく整備されていて、土塁と横堀を確認できました。パークゴルフの駐車場に、城跡見学の人向けに1台分だけ駐車スペースがあります。
明石道が通過する尾根の先端にある、織田信忠の軍勢が築いた付城のひとつ、と考えられている、と資料に書いてました。三木城の方向も確認しながら歩いて5分弱で主郭、西郭、東郭があり土塁もはっきりとわかりました。櫓台跡などもあり遺構としてはよく残っています。別所方の補給路を経つための付城は三木合戦の激しさに思いを馳せることができる、と個人的には思います。
スゴいですね、地味ですがナカナカ興味深い史跡。天保年間の資料には場所の記載はあったとの事。整備は最近行われたようで、説明板も新しかったです。私はこの後に平井山も訪れましたが、同じような説明板がありました。(平井山はゲート解放時間が決まってるので、事前に確認した方が良いです。)あと、夏場は虫が多いみたいです。4月下旬で結構いたので、虫除け必須です。
お手軽な城跡でパンフレットが有り駐車場から5分も有れば着きます。
天正7年(1579)4月に信忠の軍勢が築いた6箇所の付城の1つである。
這田村法界寺山ノ上付城を起点とし、宿原城までの約5.5キロメートルに及ぶ三木城南側の物質運び込みルートを遮断するために築かれた付城の一つ。付城間には、多重土塁が廻らせており、明石からの毛利軍の物資の運び込むスキを与えなかったようです。この付城は、三木市歴史の森の敷地内に位置します。遺構の保存状態が良くて、案内板も各所に設置されています。主郭、西郭、東郭跡があり、付城の中でもかなり大きく、明石と三木(三木城)を結ぶ拠点のこの地を押さえるためと思われる。
天正年間の三木合戦において、羽柴秀吉は難攻不落の要塞三木城を兵糧攻めの奇策にて攻略するため、三木城の周りに30余りの付城を築きました。その一角にあたる這田村法界寺山ノ上付城を起点とし、宿原城までの約5.5キロメートルに及ぶ三木城南側の物質運び込みルートを遮断するために築かれた付城の一つ。付城間には、多重土塁が廻らせており、明石からの毛利軍の物資の運び込むスキを与えなかったようです。この付城は、三木市歴史の森の敷地内に位置します。遺構の保存状態が良くて、案内板も各所に設置されています。主郭、西郭、東郭跡があり、付城の中でもかなり大きく、明石と三木(三木城)を結ぶ拠点のこの地を押さえるためと思われる。
行き方は歴史の森の駐車場に停めて、そこから案内板に従いなだらかな道を進むと約3分で主郭まで行けます。土塁等の説明看板もあり比較的分かり易く表示してくれていますので非常に分かり易くなっていました。しかも結構規模も大きく広い敷地になっています。
| 名前 |
明石道峯構付城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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織田信忠の軍勢が築いた6箇所の付城の1つパークゴルフ場に隣接しているが遺構はよく残されている虎口上の西郭、主郭、最も広い東郭と土塁や堀に囲まれている。