歴史の息吹、蜂須賀家政像。
蜂須賀家政像の特徴
平和的な裃姿の蜂須賀家政の珍しい銅像がある場所です。
戦前には甲冑姿の蜂須賀小六の銅像も存在していました。
銅像近くに美しいいちょうの木があり、鑑賞に適しています。
この方が徳島に藍や塩を産業として成り立たせて広めたそうです。素晴らしい!行動力を見習いたいですね。
説明によると、今では徳島で有名な藍や塩の産業を取り入れたのだそうです。昔は甲冑姿の家政公の銅像があったけれど、戦時中に供出されたそうです。銅製だったからでしょうね。その後1965年に今の袴姿の銅像が建てられたそうです。傍に聳える立派なイチョウが良い色になっていました。
蜂須賀というと、蜂須賀正勝(小六)しか知らなかった正勝の長男、家政が徳島藩の藩祖になったことも、この旅で初めて知った明治時代には日本有数の県(当時、日本で人口が6番目の都市)になったのだから、蜂須賀家はよほど善政を敷いたのであろう。
徳島中央公園内にある蜂須賀家政公の銅像になります。落ち着いた佇まいがいいですね。
銀杏の輝く時期がとても素晴らしい白猫もそう言ってましたよ^ - ^徳島駅操車場を覗くと、運行を廃止する特急「むろと」が停車してました。
徳島城跡がある徳島中央公園内にあります。蜂須賀家政は徳島藩の藩祖。1585年に豊臣秀吉の四国攻めで軍功をたて阿波17万6000石を領した武将。関ケ原の戦いでは西軍に属したが出陣せず、長男を徳川家康率いる東軍につかせ本領をたもったという。
豊臣秀吉さんのツレの蜂須賀小六さん自慢のご子息蜂須賀家政さんの銅像です。徳島の藩祖らしく堂々としたいで立ちでございます。
2021/10/3来訪。蜂須賀家政公(藩祖)は、天正13年(1585)豊臣秀吉の四国平定の大功により阿波一国をたまわり、天正14年(1586)に一宮城から中世に築造された渭津城を修築して徳島城とし、藩政の中心地とした。とのことです。詳しくは解説板があるのでそちらの方で。
鎧兜じゃないのが。
| 名前 |
蜂須賀家政像 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
088-656-2525 |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP |
http://www.city.tokushima.tokushima.jp/shisetsu/park/chuo.html |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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観光できました、蜂須賀家政像は歴史好きな自分には堪りませんでした(^^)