茅葺屋根の歴史を感じる神社。
高部屋神社の特徴
茅葺き屋根が特徴の神社で、趣深い風情があります。
県指定文化財の梵鐘や迫力ある彫刻が印象的です。
伊勢原駅から徒歩でアクセスできる歴史ある神社です。
『延喜式神名帳』における相模国 大住郡 高部屋神社に比定される延喜式内論社(他の候補は伊勢原市高森にある高森神社)であり、大住郡高部屋村の村社、それ以前は糟屋荘の総鎮守として長く敬われてきた神社です。創建は不詳ながら1000年続くという「汐汲みの神事」が今日に伝わっているそう。見どころは、先ずは拝殿。茅葺きなのですよ!!!茅葺きの方が大変だろうに、でも故に訪れる者は心ときめくのだ(;´Д`)ハァハァ (;´Д`)l \ァ l \ァ (;´Д`)'`ァ'`ァそれに、今は銅葺きだと盗まれちゃうからね・・・むしろ茅葺きで大正解だったのかもしれません。そして、本殿。めっちゃ立派!!こちら訪れたなら拝殿の前で拝むだけで帰ったら絶対に損します(`・ω・´)正保4(1647)年に建てられましたが関東大震災により倒壊。しかし、本殿に使われていた木材を再利用して再建されており、国登録有形文化財に指定されています。
狛犬さん達が、格好よく、可愛いかったです。お社の彫刻、何故これを無料で見れるのか?不思議に思うほど素晴らしく、江戸時代にタイムスリップしたみたいな雰囲気もあり、癒されました。
茅葺き屋根が特徴的なとても歴史のある古社。国登録有形文化財。
高部屋神社(たかべやじんじゃ)。神奈川県伊勢原市下糟屋。式内社(小)、旧村社。別名:八幡神社(糟屋八幡)主祭神:三箇男命(住吉大神)、誉田別命、大鷦鷯命、息気長足姫命、磐姫之命資料によると、かつてはこの神社と同名の大住郡高部屋村の村社であり、またこの地区を含む糟屋庄の総鎮守としても崇敬された。創建年代は不詳なるも、紀元前655年とも言われている。糟屋住吉の大神として、又の名を「大住大明神」と呼ばれ、武門・武士を始め万民の崇敬せられたる古社である。江戸中期頃までは、別名「糟屋八幡宮」と呼ばれ名社の名を謳われた。『延喜式神名帳』に相模国13座の内の1社と記載されており、大住郡127ヶ村の惣鎮守であった。ただし、伊勢原市高森にある高森神社も、式内社「高部屋神社」の論社の一つとされており、この神社が明治の神仏分離令以前は「高部屋神社」という呼び名であったと伝えられていることに加え、棟木や鳥居脇の石碑(裏側)に「高部屋神社」という銘文が残されていることもその理由として挙げられる。とあります。
2025年6月相模十三社巡りで伺いました。こじんまりした神社で人がいませんでした。拝殿は茅葺き屋根で趣があります。その拝殿の軒の彫刻には浦島太郎伝説の彫り物が彫られていました。珍しいです。
延喜式内社とされる神社です。中世までの社伝は失われているものの、鎌倉時代に源頼朝の家人であった糟屋藤太左兵衛尉有季が現在の社地に社殿を再興して、糟屋庄の総鎮守としました。神社には鎌倉時代の梵鐘、雅楽面が伝来しています。現存する本殿は江戸時代初期、拝殿は末期のものとなります。本殿は関東大震災で倒壊したものの、古材を引き継いで再建されているので違和感があをません。拝殿は向拝の見事な宮彫と茅葺屋根が特徴的です。最寄の小田急伊勢原駅からは歩いて二〇分ほど、観光地と見なされていないのか途中に案内の看板も見当たらず、参拝者もまばらです。私は宮彫目当てで参拝したものの、多くの人にとってはわざわざ足を運ぶほどのものではないでしょう。ただ、伊勢原駅は大山への玄関口でもあるので、大山参詣の後に立ち寄るには便利です。社務所はあるものの神職は常駐しておらず、歩いて二〇分ほどの距離にある伊勢原大神宮の兼務社となっていて、御朱印はそちらでいただけるそうです。
高部屋神社(たかべやじんじゃ)の創建年代は不明です。祭神は、三箇男命(住吉大神)、誉田別命、大鷦鷯命、息気長足姫命、磐姫之命です。式内社「高部屋神社」の論社です。鎌倉時代、糟屋庄の地頭であった源頼朝の家人「糟屋藤太左兵衛尉有季」が、高部屋神社を守護神として新たな社殿を造営しました。現在の本殿は正保4年(1647)に再建されたものです。関東大震災で倒壊しましたが、昭和4年(1929)に柱・彫刻・正面扉等をそのまま使用し再建されました。拝殿は、慶応元年(1865)に再建されたものです。本殿と拝殿は、平成28年に国の登録有形文化財に登録されています。銅鐘は、至徳3年(1386)に平秀憲が寄進したものです。なお、銅鐘は神奈川県の重要文化財に指定されています。
お神輿担ぎの団体があります。神社にてお神輿も所持してます。大変貴重な160年前のお神輿です。お神輿保存会の団体名は、「髙神會(こうじんかい)」です。高神会とも書くようです。
社務所には、誰もいなくて、御朱印は、伊勢原大神宮でもらいました。
| 名前 |
高部屋神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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創建年代は不詳。延長5年(927年)の『延喜式神名帳』に記載される相模国十三座の一社とされる古社。見どころは、珍しい茅葺き屋根の拝殿と向拝の彫刻です。現在の拝殿は慶応元年(1865年)に再建されたもの。正面には山岡鉄舟筆による「髙部屋神社」の社号額も掲げられています。向拝には、亀に出会う浦島太郎、その上には乙姫と竜宮城という、神社彫刻としてはとても珍しい題材が彫られています。さらに木鼻には、通常よく見られる獅子や獏ではなく龍が用いられており、柱に巻き付いた龍の尾が裏側から虹梁へ回り込み、正面へ姿を現すような非常に立体的な意匠になっています。彫師は江戸宮彫の名工・後藤家の後藤猶之助藤原正義。現地案内板には、海上守護の神として知られる三筒男命、すなわち住吉大神も祭神として記されており、水や海に関わる信仰も重なる神社として見ると、浦島太郎、乙姫、竜宮城、龍という彫刻世界にも自然なつながりを感じます。一方、本殿は県内でも珍しい五間社流造で、横に大きく広がる姿が印象的です。拝殿と本殿は接続されておらず、それぞれ独立した建物として残っています。本殿の向拝の蟇股や脇障子には鳥の彫刻が並び、松や雲と組み合わさって格調高い雰囲気があります。倒壊前の旧本殿は正保4年(1647年)築とされ、関東大震災後の昭和4年(1929年)に、柱・彫刻・正面扉などの旧材を再利用して再建されたとのこと。幕末の拝殿彫刻と、江戸前期由来の本殿部材が同じ境内で共存している点も大きな魅力です。本殿・拝殿ともに国の登録有形文化財。さらに令和に入ってからも、石積みや参道石畳の修復が氏子の方々によって続けられており、長い歴史だけでなく、今も地域に大切に守られていることが伝わってくる神社でした。