三原駅近く 噴水のある公園で。
聖トマス小崎像・殉教碑の特徴
三原駅近くの公園で静かに佇む史跡です。
ミゲル父上についても思いを馳せる場所です。
グリルソーセージとチューインガムが目を引きます。
三原駅近くの公園に、ひっそりと佇んでいます。
「私のこともミゲル父上のこともご心配くださいますな。天国の全き幸福を失わぬよう努力なさいますよう、人からいかなることを受けようと耐え、すべての人に、大いなる慈悲をかけられますよう。陰暦十二の月二日 安芸の国、三原城にて」1597年、豊臣秀吉のキリシタン弾圧によって京都から長崎に移送される途中、三原にて伊勢にいる母マルタに書いた別れの手紙の一部です。この手紙は処刑後、父ミゲルの襟元から発見され、その訳はローマに保管されています。わずか14歳で処刑されたトマス小崎少年のけなげな心を末永く伝えるために、三原城址に近いこの地に1993年1月17日に建立されたものです。
◎「聖トマス小崎」像がなぜ三原に?⚫︎三原城の牢獄で、母宛の手紙を書いたため。⚫︎京都から処刑先の長崎へ向かう途中、三原に立ち寄ったのが三原との唯一の縁。⚫︎戦国時代に三原城の牢獄で書いた手紙の内容がバチカンに保管され、今日まで伝わったことは、確かに奇跡⚫︎キリスト教徒26人が長崎で処刑され、その後、全員が「聖人」として列聖された。⚫︎トマス小崎少年よりも、小さな少年もおり、彼が最年少の殉教者ではない。⚫︎手紙の全文がネットにあったのでコピペします。聖トマス小崎の母への手紙神の助けにより、この手紙をしたためます。パードレ以下われわれ二十四名は、列の先頭を行く制札に書かれた判決文のように、長崎で磔刑を受けるためここまでまいりました。わたしのこと、またミゲル父上のこと、ご心配くださいませんように。パライソ (天国)ですぐにお会いしましょう。お待ちしております。たとえパードレがいなくても、臨終には熱心に罪を痛悔し、イエズス・キリストの幾多の御恵を感謝なされば救われます。この世ははかないものですからパライソの全き幸福を失わぬよう努力なさいますように。人からどんなに迷惑をかけられても耐え忍び、すべての人に大いなる愛徳を施されますように。私のふたりの弟マンシオとフエリペをどうか異教徒の手に渡さぬよう御尽力下さい。私は母上のことをわれらの主にお願いいたしましょう。母上から私の知っている人々によろしく申し上げてください。罪を痛悔するのを忘れぬよう再び重ねて申し上げます。なぜなら唯一の重大なことなのですから。アダムは神にそむき罪を犯しましたが、 痛悔とあがないによって救われました。十二の月二日 安芸の国三原にて。
剛剛客人點的是烤香腸還是口香糖⋯⋯
顧客はグリルソーセージまたはチューインガムを注文しただけですか...(原文)剛剛客人點的是烤香腸還是口香糖⋯⋯
| 名前 |
聖トマス小崎像・殉教碑 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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三原駅から歩いて数分、かつての三原城の船入櫓跡に、ひっそりと佇む像がある。14歳で殉教したキリシタン少年、トマス小崎の姿をかたどったブロンズ像。隣には、彼の信仰と覚悟を刻んだ殉教碑が立つ。1597年、豊臣秀吉の命により、26人のキリシタンが長崎で処刑された。いわゆる「日本二十六聖人」の一人が、伊勢出身のトマス小崎である。父ミゲルとともに捕らえられ、京都から長崎へと護送される途中、彼らは三原城に立ち寄った。その夜、トマスは母マルタに宛てて一通の手紙をしたためる。「私のこともミゲル父上のこともご心配くださいますな。天国の全き幸福を失わぬよう努力なさいますよう…」死を目前にした少年の筆致は、静かで、澄んでいる。信仰と家族への思いが、簡素な言葉のなかに深く沈んでいる。手紙は後に、処刑後の父の襟元から見つかり、現在はローマに保管されているという。1993年、カトリック三原教会によってこの地に像と碑が建立された。毎年1月には、彼の足跡をたどる巡礼も行われている。城跡の石垣と、瀬戸内の風に吹かれる像の姿は、過去と現在を静かに結びつけている。