公園の中で語る小倉の歴史。
小倉陸軍造兵廠跡の特徴
平和な公園の中にある歴史的な戦争遺産です。
大手町公園と健和会病院の間に位置しており、見落としがちです。
防空監視哨のレプリカは、陸軍の軍需工場を思い起こさせます。
公園の中にあります。
すべて当時物ですが、移築された物です。
こんな所に、軍の造兵の、工場が有ったのかとビックリしました。もっと、こういうのを残して見てもらいたいです。
平和な公園に佇む戦争遺産です。今も昔も小倉の官庁街だったみたいですね。願わくはこの平和が永遠に続いて欲しいものです。尚展示物はレプリカです。一番解りやすいルートは北九州都市高速大手町ランプから下りてすぐの豊後西交差点左の健和会大手町病院に沿ってぐるっと裏側へ回る……そこにある公園の病院側にあります。
小倉陸軍造兵廠跡は大手町病院裏にありますが、造兵廠の敷地は広く、造兵廠外周の石垣、コンクリート壁は所々残されており、石垣は西小倉小学校西側、コンクリート壁は新小倉病院南側から紫川河岸まで残っています。原町緑道は造兵廠への引き込み線跡です。造兵廠の下には地下通路があったようで多くは今でも残っているようです。工場遺構は一部、安川電機小倉事業所内に残っていたようですが、2021年10月時点で解体が進んでいました。1973年3月、日中国交回復を祝して、造兵廠跡の工場施設内(勝山公園南。当時は北九州市総合展示場と呼ばれていた)で西日本中国展が開催されましたが、まだ中学生だった私は造兵廠遺構とは知らず見に行った覚えがあり、薄暗いガランとした施設であったように記憶しています。小倉陸軍造兵廠でアメリカ本土を直接攻撃した風船爆弾を製造していたこともあり、1945年8月9日の第二発目の原爆投下第一目標となっていましたが、前日、日本製鐵八幡製鐵所を主目標とした八幡大空襲があり、燃える製鉄所からの煙が小倉上空に流れ込んで目標を確認できなかったため、第二目標だった長崎に原爆は投下されることとなりました。八幡大空襲がなければ今のような小倉はなく、私もいなかったと考えると、原爆犠牲者慰霊平和祈念碑・長崎の鐘には特別の思いがあります。また、このような小倉だからこそ、2022年度早々に小倉陸軍造兵廠跡に開館される戦争記憶継承施設「北九州市平和のまちミュージアム」への期待は大きく、是非とも小倉陸軍造兵廠関連資料も展示してもらいたいものです。
大手町公園の病院寄りにあります 戦前戦中はここから勝山公園あたりまで陸軍の軍需工場だった訳です 給水塔や防空監視哨は六分の一のレプリカだそうです。
健和会病院と大手町公園の間にあるので見落とす人が多そうですね。この中に入って空襲を防いだそうですが熱風が吹き込んだらやばそうですよね。
場所が少しわかりづらい。
防空監視哨の小さな覗き窓から本当に対空機銃撃てるのかしら?
| 名前 |
小倉陸軍造兵廠跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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1kmほど北の勝山公園にある「平和のまちミュージアム」と併せてこの遺構を見学すると、西日本最大級の兵器工場を懸命に誘致した小倉がどのような街だったのかイメージしやすくなると思います。