応安四年の歴史旅、今川貞世の足跡。
応安四年(1371年)、足利義満から九州探題に任ぜられた今川貞世(号は了俊)が下る途中、9月21日にこの地を通過した時のことを紀行文『道ゆきぶり』に残している。この歌碑は、ここ寺屋敷の景色を詠んだもので、「浪の上に 藻塩焼くかと 見えつるは あまの小舟に たく火なりけり」と刻まれている。山中への入口で少し分かりにくい。ここから先の西国街道は獣道のようになっている。この場所からは今でも海と宮島が見える。今川貞世の歌碑は、他に大野浦地区、大野浦地区にもある。
名前 |
今川貞世歌碑 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.5 |
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応安四年(1371年)、足利義満から九州探題に任ぜられた今川貞世(号は了俊)が下る途中、9月21日にこの地を通過した時のことを紀行文『道ゆきぶり』に残している。この歌碑は、ここ寺屋敷の景色を詠んだもので、「浪の上に 藻塩焼くかと 見えつるは あまの小舟に たく火なりけり」と刻まれている。山中への入口で少し分かりにくい。ここから先の西国街道は獣道のようになっている。この場所からは今でも海と宮島が見える。今川貞世の歌碑は、他に大野浦地区、大野浦地区にもある。