歴史感じる大友家跡探索。
上原館跡の特徴
大友家の館跡が存在し、歴史を感じられる場所です。
市街地の中に土塁が残り、往時の面影を伝えています。
神社が併設されており、静かに歴史を学べるスポットです。
15世紀後半頃に築城された大友氏の城館。標高39メートル程の山上にあり、東西800メートル、南北100メートルの主郭を土塁が巡る。北は断崖で、東西と南に空堀が回り、北側の断崖と南側の土塁、桝形とみられる張り出しが残る。国指定史跡。大友館跡(上原館)府内には顕徳町と上野に二つの大友館が あります。史料に「上原館」という名で登場 する大友館は、多くの緑樹を擁する上野台 地の北側にあり、中世府内町を眺望できる 位置に造られていました。顕徳町にある大友館とは異なり、現在も一部に大規模な堀跡、上塁が残り、防禦性の高い戦国館の姿を 今に伝えています。現存する上塁の上に「西 山城大友館跡」の碑が建てられています。大分バス上野バス停徒歩5分。
城跡には神社もありました。駐車場がないので、ご注意を。
城跡には神社もありました。駐車場がないので、ご注意を。
前の投稿者が書かれているように大友氏館跡が発見されるまで大友氏の館として機能していたと考えられていた史跡であり大友氏館が建設されるまでの仮寓・高台にあるため防御施設としても機能していたのではなどの見方もある。西山城とも言われており歴史好きなら大友氏館跡と合わせて訪問したい場所ではあるが、こちらの方は駐車場がない・古くからの住宅街なので道も狭く短時間の路駐もしにくいため車で行く際は複数人で行く、もしくは近隣店舗を利用しつつ短時間の駐車をさせてもらうなどの対策が必須となるため注意が必要。
住宅密集地で史跡の感じがしない。
顕徳町の大友氏館跡が発見されるまでは、ここが大友氏代々の館と思われてました。現在は顕徳町の大友氏館が建設されるまでの館と推定されています。周りは住宅地になっており、土塁の一部が残り、そこに記念碑が建っています。
大友家の館跡と言われる場所。以前は駐車場がありましたが、現在は閉鎖された模様。消防の小屋と鳥居を目印にしていかないと通り過ぎる恐れがあります。
市街地の中にわずかに土塁が残っています。
| 名前 |
上原館跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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元町石仏に行く途中の開墾碑から上がって400m。大臣塚古墳入口以降は標識が無いが、芸術短期大学の南門を過ぎていくと、住宅密集地の中に突如大木のある茂みが見えるのを目標に行けばわ通りすぎないで済むか。消防団の格納庫をの横を上がって行った高台に存在。敷地には何か知らないが神社もあり、白い鳥居が奉納されている。道幅の狭い場所なので車でここまで行く場所では無い。車なら、元町石仏の駐車場に停めさせてもらって、石仏まいりのついでに歩いて行くか、公共交通機関なら、上野丘高校(上野)までバスで行って歩くか、健脚なら大分駅上野の森口から芸術文化短大の横を通って回り込むかだろう。