高鳥台から見る歴史の景色。
高烏砲台跡の特徴
高鳥台に位置し、戦時中の歴史を偲ばせる跡地です。
音戸瀬戸を見守った砲台跡の貴重な史跡がここにあります。
天気が良ければ、瀬戸内海の絶景を一望できるスポットです。
2013/09/222017/12/10来訪。高烏台の案内という看板が立っています。案内図には高烏台のいわれなどが書かれていて地図が書かれています。
戦時中の往時を偲ばせます。「この世界の片隅に」のシーンを思い出し、平和が一番と改めて感じます。
高鳥台にあります。駐車場付近にトンネル(現在入れ無いようポールで塞がれています。)の様な物があり、恐らくトンネル奥に、砲台を設置していたのだと思います。
天気が良ければ瀬戸内海を一望できたのかも。
天気が良かったので景色は最高でした!
音戸瀬戸を守った海軍の砲台跡地は、現在史跡として整備されている。桜の季節は、花見客で賑わう。
音戸の瀬戸公園は立ち入り禁止になってましたが砲台跡は見れました。展望台もあって景色いいです。
《兵舎跡》明治29年から旧陸軍が呉(広島湾)の防護のため砲台を整備した際、高烏台の兵舎として建てられた建物。高烏砲台は軍港として軍事的に重要な施設でもあったので、後に海軍に移管されました。終戦後、兵舎は荒廃しましたが、石造りの外壁は残存しています。120年余り経った今でも立派な外観を保っています。明治時代の石造建物としての形態を残しています。《高烏台砲台跡・観測所跡》標高218mの高烏山に設置された砲台の跡。堡塁跡 28センチ榴弾砲6門を備えていました。旧海軍は軍事的にかなり重要な拠点としていたらしく、大規模な砲台・観測所跡です。明治34年(1901)に旧陸軍が外国艦船の侵入を防ぐために砲台を建設したものです。28センチ榴弾砲6門を装備した砲台が築かれました。入口などは塞がれていますが、その遺構は壊されることなく残っています。旧陸軍が同時期に作った火薬庫跡は昭和42年(1967)入船山記念館に移築され、国登録有形文化財に指定されています。
| 名前 |
高烏砲台跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0823-25-3309 |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.kure.lg.jp/site/kure-japanheritage/nihonisan-bunkazai-takagarasuhoudai.html |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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今でも跡地は見ることできますし写真も取ることできますが舗装などはされてないので倒れたりとか心配する人は入らない方がいいかもしれません。