村上大祭の歴史ある神社。
西奈彌羽黒神社の特徴
階段を登ると現れる立派な社殿が特徴的です。
村上市大祭が行われる歴史ある神社で、400年近いの歴史があります。
参道の途中にある手水舎は神社の雰囲気を一層引き立てます。
人も全然いない静かな神社偶然見つけたので参拝させてもらいました。
駐車場は鳥居脇のスペースに2~3台止められます。100段くらいの階段を上って拝殿まで上ると町と山、海が一望できて清々しい気持ちになります。社務所はありましたが宮司さんは不在でしたので御朱印はもらえるかどうか分かりませんでした。
鳥居横に車停められます。御朱印はやっている雰囲気は全くありませんでした。
延喜式内社の西奈弥神社の論社の一社です、ご祭神は奈津比売命、倉稲魂命、月読命。本殿は一間社流造、銅板葺き 境内の神明宮は、旧本殿 内部は極彩色で黒塗りの床と相まって際立って綺麗でした、本殿前からは村上市が見下ろせます。
階段の先にある、立派な神社です。猿にも会えました!
村上大祭の神社で400年近い歴史があります。全体的にコンパクトで、社務所は一応ありましたが宮司さんは在中しているか微妙でした。
夏にはヘトヘトになりそうな、しかし風情のある階段を登り切ると、随分立派な社殿が現れる。人の手が入った形跡があまり無い社殿右側に導かれるようにして進むと、村上市を見渡せる展望スポットが!どうやらここは町の人にとっても知られたもののようだ。市内循環バスを使えば車が無くても簡単に近くまで行く事が出来、日帰り観光の場所としてもおススメできる。
鳥居は街のメインストリートに面していましたが入って、しばらく歩いてみると、山の中に参道が続いていて、山頂にて社殿があります。歴史を感じさせる落ち着いた神社です。社殿の裏側は荒れてましたが、ここから望む、村上市街地の眺めは素晴らしかったです。
急な階段が133段(息子調べ)あります。冬は雪が降って階段が滑りやすいので、手すりに捕まりながらゆっくり気をつけて。下りが特に危険です。
| 名前 |
西奈彌羽黒神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0254-52-3617 |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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西奈弥羽黒神社(せなみはぐろじんじゃ)。新潟県村上市羽黒町。式内社(小)西奈弥神社論社、旧県社。【祭神】奈都比売大神(にうつひめのおおかみ) 倉稻魂命 月読命(配祀)聖母大神 応神天皇 仲哀天皇 迦具土命 火産靈命奈都比売大神は、天照大御神の妹神で、赤い顔料「丹(に)」を司りあらゆる災厄を祓う女神です。農耕・機織りを広め、高野山開基の弘法大師にも守護神として崇敬され、元寇を退けた御神威で紀伊国一之宮にも定められた、厄除け・開運・長寿・女性の守り神として信仰される重要な神様です。資料によると、当地では単に羽黒神社と呼ばれる。もともとの御祭神は奈都比売大神(奈津比売命・奈津姫命)で、その後に出羽三山から分祀された倉稲魂命と月読命も主祭神とされた。この三神が江戸時代の羽黒三所権現となる。飛鳥時代の持統天皇元年(687年)の創建と伝わる。もともとは西奈彌山の頂上に鎮座していた。天正年間(1573年-1593年)、当地を治めていた本庄繁長は、出羽庄内の大宝寺氏を救援するため、最上氏・東禅寺氏(大宝寺氏家臣)と対立。繁長は出羽三山の一つ出羽神社に祈願したところ見事勝利を収めた。このことから繁長は出羽神社の神を分祀して当社に合祀し、当社を総鎮守とした。その後、村上藩2代藩主村上忠勝(在位:1616年-1618年)の時に、社地は西奈彌山頂からその中腹へと移った。藩主が堀氏へと変っても同じく崇敬された。村上藩3代藩主堀直寄(在位:1618年-1636年)は村上城の改築を行い、三層の天守が作られた。しかし、天守からは当社を見下ろすことになってしまい恐れ多いとして、寛永10年(1632年)、現在地に社殿を造営して遷座した。この時より当社名を羽黒三所権現とした。遷座の日は旧暦6月7日で、以降この日が例祭日とされ、明治の太陽暦採用以後は月遅れの7月7日とされた。その後も村上藩は藩主家がころころと変わったが、やはり歴代藩主に崇敬された。元禄3年(1690年)に村上藩主榊原勝乗が建立した境内社・神明宮の社殿が現存し、現在は県有形文化財に指定されている。明治3年(1870年)に現社号に改称、明治27年(1894年)には郷社に、昭和3年(1928年)には県社に昇格した。式内社「西奈彌神社」の論社は他に、同市瀬波浜町の西奈彌神社(西奈弥神社)がある。とあります。