江戸時代の石切場を訪ねて。
川上石丁場跡の特徴
江戸時代から近代まで使われた花崗岩の石切場です。
諫早日記に記載された歴史的な石切りの記録が魅力です。
佐嘉松原神社の鳥居改修に使用された由緒ある石が存在します。
江戸時代以降、近代まで使用された花崗岩の石切場。初代藩主鍋島勝茂代の慶長14年(1609)には佐賀城天守の石材として「小石四十万荷、大石百万」が切り出されたといいます。矢穴は大きさや形態が違う数種類が見られます。中でも一番古いと考えられる慶長年間の楔の矢穴の大きいこと!長さ16〜18cm、幅5cm、深さも15cmはあります。その他作業用の平場や、斜面に石材を引き落としたと思われる道状の窪地などが存在するなど、石切について一連の作業の実態に迫ることができる遺跡です。ちなみに、車は川を挟んで南西に位置する與止日女神社の駐車場に止めて、徒歩で現地に向かいました。
| 名前 |
川上石丁場跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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諫早日記に佐嘉松原神社の鳥居改修時に川上から石を切り出した旨の記録があります。現在松原神社の花崗岩鳥居は寛政九年のものですが、高さ数mととても大きく、九州では当時の鳥居として大変大きなものです。この石丁場は参道を登ると徐々に川筋に間砂土が見られ、標高127m辺りで矢板による切り出し跡が石に残っているのが見られます。その頃から表層にも間砂土を見ることが出来ます。文殊院上宮から10m位下の右山手に入ると、切り場が見られてます。与止日女神社の拝殿神殿の土台にや石像物の土台に使われ、その上は安山岩と言った組み合わせでも使われており、硬い花崗岩ならではの使い方かと思います。但し、花崗岩は風化するので文字が読めなくなるのが玉に瑕です。車は自分も与止日女神社に停めました。此処は神社参拝者と観光用ですと書かれていて、非常にいいです。靴は登山靴が良いかと思います。下宮の前はコンクリ道で苔むしてるので、どんな靴でも滑りやすいです。それ以降は途中から階段がなくなり、下が砂地です。また、ロープを伝っていく様な場所です。ご注意ください。また自分が歩いている時猪の親子連れを見かけました。じっと様子を見ると、向こうがゆっくりと離れていったのでことなきを得ました。