歴史に触れる静寂の舞台。
松渓山 法恩寺の特徴
越生駅から徒歩5分で行ける便利な立地のお寺です。
境内には渋沢平九郎の首塚が祀られています。
大日如来様や恵比寿神が祀られ、庭も美しいです。
越生駅黒山三滝訪ねた際、全洞院で渋沢平九郎の墓と説明文見て駅前だしせっかくなので訪問。ここは平九郎の首があった場所で、のちに渋沢栄一が黒山の全洞院に胴と首を一緒に埋葬したようです。小学校の登下校コースのようで、子供たちが気持ちいい挨拶をくれました。
ホームページより引用です。松渓山法恩寺は現在真言宗智山派の中本山で京都智積院の法流となっております。法恩寺の開山については同寺に伝わる法恩寺年譜により、天平10年(738)の頃、行基大士が東国巡遊の際、創建し宗義は法相宗であったと伝えられております。その後、荒廃して寺山と呼ばれるようになり、無住となっておりましたが文治年中(1185~90)児玉党の倉田孫四郎基行が出家して端泉坊を称しその妻妙泉尼と共に発願し、源頼朝に法恩寺の再興を願い出、頼朝は越生次郎家行に法恩寺の建立を命じました。建久3年(1192)堂舎は完成し、頼朝より八町四方の寺地を賜り、天台宗都幾川村慈光寺の与力寺として発足致しました。鎌倉時代には法流大いに振るい、越生氏の寄附等も相次ぎましたが、南北朝時代に入ると同寺は次第に衰微し荒廃したものと思われますが応永五年(1398)栄曇(えいどん)が入山して天台宗であった法恩寺を現在の真言宗に改めました。本山は京都古義真言宗醍醐三宝院の法流となっております。その後、幾多の変遷がありましたが、江戸時代初期、現在の京都新義真言宗智山派智積院の法流となり現在に至っております。~引用終わり越生駅から近く、目立つ位置にあります。電車で来た時、最初に伺うような位置にあり、観光客もいました。写真は2025年4月撮影です。
尾高平九郎の首塚がある越生のお寺命日には自刃の日のところでほうようをするがさらされていた首を命がけで村人が祀ってくれた塚だ。寺ヨガなど副住職が精力的に布教に勤めている。
法恩寺マルシェに行きました!美味しそうなキッチンカーが数台!どれにしようか迷いましたが、ハンバーガーにしました!ドーナツも買い夕飯を食べれて幸せな日でした!定期的にイベント開催されていて楽しいです!法恩寺マルシェで行きました!とっても素敵な出店者様ばかりで目移りしました♪心もお腹も満たされて有意義な休日でした!
寺マルシェの日に訪問しました。開けたお寺と心地いい雰囲気で楽しませていただきました。
Googleマップで案内された場所は住宅地を抜けお墓の駐車場でした。場所は越生商工会議所 の横です。正徳四年に再建された山門と鐘楼、そのままの姿です。境内はゆっくり 観ていますと歴史を感じる お寺さんです。御朱印も受けて戴けます。
越生駅の目と鼻の先にあるお寺です。境内は静かで本堂も立派です。渋沢平九郎の首が埋葬されているお寺としても知られてます。駅から歩いて5分も掛からないので、越生に来た際に寄って見るのも良いと思います。
NHK 大河ドラマで名前が上がっている渋沢平九郎の埋首の碑があります最近では青天を衝け観光客が増えているのか...日増しに整備されています越生駅から5分ほど歩くとこのお寺に行けるのですがとても静かなことろです。
大河ドラマ青天を衝け第25回、黒山で自決した渋沢平九郎の首が埋葬されてる。官軍(広島藩の斥候)により平九郎の首は旧高札場付近に梟されたが、後に近所の横田佐兵衛と島野伊右衛門により密かにこのお寺に埋葬された。
| 名前 |
松渓山 法恩寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
049-292-2265 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
越生七福神めぐりの起点として訪れまた。駐車場を利用させていただけました。七福神めぐりの期間が1月末までとのことで訪れたのが2/1でしたが御朱印は頂けました。こちらで七福寺めぐり用の御朱印帳(500円)で購入してそれにはすでに法恩寺の御朱印が書いてあるので合計¥1,000です。その後越生駅からバスで黒山まで行って七福神めぐりのスタートです。途中実際に御朱印を頂けたのは2ヶ所のみ。不在のお寺があるのが不思議に思えた。結局全てのお寺をお詣りして最後に法恩寺に戻って頂けなかったお寺の御朱印を全て書いていただいた。ミッションコンプリートですがなんだかモヤモヤしてます。総距離は18キロ?ホームページ等では13キロ強となっていたがこの差はなんだろう?