ド・ロ神父が遺した愛の跡。
旧出津救助院の特徴
出津地区の歴史を感じられるド・ロ神父設立の授産場です。
遠藤周作の沈黙の舞台として名高い険しい外海エリアに位置しています。
ド・ロ神父の歩いた道を散策し、その功績を学ぶことができる場所です。
大人400円の入館料が必要ですが、売店のみの利用であれば入館料は不要とのことでした。シスターの方がご案内して下さったのですが、我々家族4人に対して20分ほどの説明をして下さいました。ド・ロ神父の偉業やハルモニックオルガンの説明、そしてその音色には感動しました。ご案内いただけるかどうかはタイミングにもよるかと。あくまでご厚意と思いますので、私たちは幸運でした。ありがとうございました。
🏣長崎県長崎市西出津町2696-1🅿️🚗…有りました🚌…出津文化村下車8分程※開館時間9時~17時(日曜11時~)入館料※フランス人の神父、マルコ.マリー.ド.ロ氏の発案で、貧しい外海の人々を救いたいとの思いで作られた「出津救助院」施設として授産所(国指定文重要化財)ド.ロ堀(国指定重要文化財)マカロニ工場(国指定重要文化財)製粉工場(長崎県指定史跡、ド.ロ神父遺跡)薬局(長崎県指定史跡、ド.ロ神父遺跡)施設は複数の資産で構成されており保存、修復を経ながら現在に至っている貴重な財産。
ド・ロ神父が設立した授産場、マカロニ工場などの建物が残された施設。福祉施設のような存在だったのでしょうか。ド・ロ神父の私財を投じたさまざまな活動は地域の人々を助けたすばらしいものです。親からもらった金のようではありますので実家が太いのもすばらしいと言えます。建物は補修はしているようですが当時のままだと思われます。中には展示がありますがそんなに多くはありません。他に訪問者がいなかったので静かでおだやかな雰囲気を感じられました。
1879年、この地に赴任してきたド・ロ神父が、産業育成、医療、教育をされた場所です。今は行政がやるような人民救済を、一人の神父が私財を投げ打って実践していた歴史を知り、深い感銘を受けました。いくつかの建物がありますが、授産場、マカロニ工場、ド・ロ塀(自然石と土・砂、石灰を材料にした壁)が国の重要文化財です。授産場は、製糸・染織+パン製造+醤油醸造の場所かつ、祈りの場で、住居でもありますが、とてもよく工夫された設計です。当時の古いオルガンがあり、案内してくださった修道女の方が演奏してくださいました。とても厚みのある素敵な音色に感動しました。
出津教会と共にド・ロ神父が地域の貧困から救うために建てられたとのことです。修道女の方が売店や案内を務めておられました。製麺所や様々な産業をこの地にもたらし、その生涯を捧げたド・ロ神父が如何に地域から愛されているのが実感できました。
ドロ様こと、マルコ・マリー・ド・ロ神父は、1840年(天保11年)にフランスの由緒ある 貴族の次男として誕生されました。神学校卒業後、弾圧が続く日本に来日し、長崎や横浜で功績を残した後、外海に赴任。外海地区の主任司祭となったド・ロ神父は、布教活動の傍ら、田畑にも恵まれず零細な農業や漁業で生活し、弾圧にも耐えて信仰を守り続ける人々を見て、フランスで学んだ建築・医学・産業など の幅広い分野の知識を活かし、1883年(明治16 年)に救助院を創設しました。私財をなげうって、海難事故で夫や息子を亡くした女性や若い娘に製粉や織布などの、職能と職場を授けることにより、外海の人々の自立を支援されました。「隣人を自分のように愛しなさい」というキリスト教の教えを自ら実践し、その後、一度も母国へ帰ることなく、1914年(大正3年)に享年74歳で逝去されたとのことです。
出津教会堂、ドロ神父記念館などが固まってありますし散策路も整備されています。ただ駐車場が少し狭いですね。
今も尚、作物を作り作業されているとのこと。午後に行った為、観ることは出来ませんでしたが…。いつか行くことがあった際には行きたい場所となりました。
すみません。時間がなくて中には入りませんでした。入場券購入の必要があります。この辺りの施設はまとめて共通チケットにした方がいいです。道も曲がっていて案内板も少ないので初めての人は分かりにくいと思います。もう少し整備が必要ですね。
| 名前 |
旧出津救助院 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0959-25-1002 |
| 営業時間 |
[水木金土月火] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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ド・ロ神父は、明治時代にキリスト教禁教が解かれた後、フランスの貴族出身でありながら約10億円のお金を持ってこの外海エリアの極貧隠れキリシタンの地に来て多くの人を助け、様々な仕事のノウハウを授け、以降一度もフランスに帰ることなく一生を捧げられた。このエリアはド・ロ神父の愛に溢れる素晴らしいところ。世界遺産の構成資産。