立花山で体感する絶景のパノラマ。
立花山城跡の特徴
立花山の山頂からは福岡市内を一望できる絶景が魅力です。
整備された登山道で、ハイキング初心者にも安心して楽しめます。
修験坊の滝ルートを経て、夫婦杉や屏風岩を巡る特別な体験ができます。
立花宗茂と誾千代をご存じの方には有名な城跡ですね登山に最適ですよ。景色も良いし^^
立花山登山中に石垣あとの案内がありましたので立ち寄り。歴史に思いを馳せる。
立花山城は南北朝期1330年に大友貞載が築城し以後代々立花姓を称した。永禄年間、毛利と組くんだ立花鑑載は大友氏に滅ぼされた。その後、戸次鑑連が入城し、島津軍を撤退させた統虎が継いだ。秀吉の九州平定後、立花宗茂は柳川へ、小早川氏の重臣、乃美宗勝が入城。備前に移封で廃城。立花城は井楼山(主郭)、松尾、白岳の三峯とイバノヲ·大タヲ、大つぶら、小つぶら、大一足、小一足、などの聞き慣れない名称と馬責、秋山谷、下山田城などの広大な城郭、曲輪群からなります。井楼山には枡形虎口、石垣が見られ、福岡市街の眺望すばらしい。井楼山の西側下部直下の曲輪には石垣、当時の瓦片も散乱。さらに西側下部の小つぶらにも枡形虎口、石垣土塁が見れる。井楼山から松尾山方面の尾根鞍部であるイバノヲ·大タヲには付近に複数の石垣、西側下部には広大な曲輪群が展開。城域北側に広い無料駐車場があり先にトイレも、井楼山までは約40分ぐらい。福岡城などの築城で石垣の大部分が消失したようですが、今でも結構あちこちに石垣みられます。
立花山城は標高368mの立花山山頂付近に展開する山城である。駐車場からの比高は約280m。山頂まで往復するだけでも約1時間半は必要であろう。登山道は整備されており歩きやすい。福岡県民に人気のハイキング(登山)コースで平日にも関わらず多くの人が登っていた。立花山城は巨大城郭であり、主郭周辺部以外も各尾根筋などに多くの出城・出郭が広がっている。無数の郭群が確認でき、城域は東西約1kmにも及ぶという。広範囲を見て回るとゆうに半日は必要だろう。立花山城は非常に巨大だが防御遺構はそれほど目立たない。自然の要害を活用した部分が大きいのだろうか。また、各所に石垣遺構が残されており、最も城趾らしさを感じられる。山頂の主郭部からの眺望は抜群に良く、福岡市街から博多湾、玄界灘まで広く見渡すことができる。一見の価値ありである。立花山城は南北朝時代に大友氏によって築かれた。この大友氏分家はその後立花氏を名乗る。戦国期に立花氏は大友氏本家に反旗を翻す。鎮圧のため大友氏から派遣されたのが戸次氏である。鎮圧に成功した戸次氏は立花氏を名乗る。有名な立花道雪である。道雪の娘が立花誾千代であり、娘婿が立花宗茂である。後に立花宗茂は島津軍の攻撃から立花山城を守り抜き柳川に転封となる。代わって筑前は小早川隆景の領地となる。隆景は本拠地を名島城へと移し、立花山城は廃城になったと思われる。立花山城は歩きごたえのある山城であり、その規模も雄大である。遺構はそれほど多くないが、歴史的に有名な城でもあり、城好きは一度は訪問すべき城である。
登山口から山頂までは30分程度。少し急なとこもあるが、ほぼルートが整備されていて移動しやすい。山頂は、携帯の電波は弱いが景色は抜群。立花宗茂を少し知ることができる👍️
大友氏から分かれた立花氏の興した城ですね、秀吉が側室に欲しがって聚楽第に呼んだが鉄砲と薙刀武装で牽制して諦めさせた美人女武将の立花誾千代が一番有名かな車の方は立花山登山者用駐車場に停めます駐車場から頂上まで標高差290mあります、登城と言うより登山なのでトレッキングシューズは必須です舗装路の急坂を400m程歩くと登山口です、パンフレットがあるので必ず手に入れて下さい急な土道を歩いて行くと分かれ道があります、城目当ての方は「石垣ルート」に行きましょう、ほぼ直登の道でロープの鎖場もあり勾配キツめですが残った野面石垣が3箇所位あります帰りにこちらのルートを使うならストックが必要ですね頂上は最高の眺望ですここが本丸だったのかな?城の遺構は石垣位で堀も土塁もありません、案内板も少ないので歴史や立地は予習が必要です大きなクスの木など他にも見どころあります2時間は確保して訪れて下さいね。
香椎駅からも歩けて福岡市街から比較的近いですが、自然を楽しめます。良いハイキングコースです。
2025年元日早朝に登ったところ山頂には結構人がいました。立花山の山頂はサンセットが方角的に合ってるんですね。お会いした方のお話では、立花山と三日月山との尾根辺りが日の出を見るにはいいとのことでした。標高367メートルの立花山山頂に位置します。福岡市内の眺望が素晴らしいですよ。コロナ前などはアジアの方も結構来られていた記憶があります。戦国最強とも言われる立花宗茂公が島津の侵攻に対して戦ったことでも知られています。宗茂公が柳川へ転封になった後、五大老の一人である小早川隆景公が入城後は徐々に名島城へ機能が移り、黒田家の治世になると廃城になりました。立花山や三日月山などの北側は花崗閃緑岩、南側は変成岩で構成されているそうです。あと立花山口からの登山道には多くのクスノキが見られます。
立花山、松尾山、白岳は1億年前の花崗閃緑岩の山です。頂上は山城など人為的に平坦化されていますが、松尾山の周辺には花崗閃緑岩の大きなブロックが見られます。白岳頂上にも花崗閃緑岩のブロックがあります。立花山頂上に露出している岩石も花崗閃緑岩です。立花山から南へ下ると標高340m付近から、3.5~2.5億年前の岩石である黒色の泥質片岩に変化します。さらに三日月山へ向かう尾根筋には、一部に蛇紋がが現れますが、三日月山は苦鉄質片岩によって形成されています。このような地質(岩石)の違いを確認しながら歩くと面白いと思います。
| 名前 |
立花山城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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なかなかの勾配!プチ登山です。心して登城してください(-_-;)