江戸五色不動の目白不動へ。
金乗院の特徴
江戸三大不動と称される目白不動尊のある寺院です。
本尊は聖観音菩薩で、歴史ある観音堂があります。
御府内八十八ヶ所霊場の第38番札所として有名です。
平日に訪問、誰もいません。不動堂に江戸五色不動のひとつ目白不動尊が祀られています。由井正雪の乱の丸橋忠弥、青柳文庫を創設した青柳文蔵の墓があります。
当寺院は、開基である僧・永順が本尊である聖観音菩薩を勧進して観音堂を作ったのが始まりであるとされている。永順は1594年(文禄3年)に没しているのでそれ以前の天正年間の頃(1573年(天正元年)- 1592年(文禄元年))の創建ではないかと推定されている。当初は中野にある宝仙寺の末寺で蓮花山金乗院と称したが、後に護国寺の末寺になり神霊山金乗院となった。江戸時代までは近隣の木之花開耶姫社の別当なども務めていたが、第二次世界大戦による戦災で本堂や徳川光圀の手によるものとされる木此花咲耶姫の額などが焼失。現在の本堂は1971年(昭和46年)に再建されたものである。また目白不動尊は、元々は当寺院のものではなく、1キロほど離れた関口駒井町(現在の文京区関口)にあった新長谷寺という寺院にあったものであった。新長谷寺(しんちょうこくじ)は、山号を東豊山(とうぶさん)といい真言宗豊山派の寺院であった。当寺院にあった不動明王像は唐から帰ってきた弘法大師(空海)が出羽・湯殿山(一説には羽黒山)に行き修行を行っていた際に造られたといわれている像で、それが武蔵国関口(現在の文京区関口)に住む者の手に渡ったといわれているがその詳しい年代はわかっていない。その後、この寺院は江戸時代に入り元和4年(1618年)に奈良・長谷寺の僧・秀算によって中興された。秀算は二代将軍・徳川秀忠の命令によって長谷寺の本尊と同じ十一面観音像を造り、本堂などを建立し新長谷寺と命名した。寛永年間に三代将軍・徳川家光により、新長谷寺の本尊である不動明王像に五色不動のひとつとして『目白不動』の名を贈り、以後この不動明王像は目白不動明王と呼ばれるようになったという。また一帯の高台も目白台と呼ばれるようになった。(これは現在の地名になっている目白や目白台の起源になっている)その後、この寺院は五代将軍・徳川綱吉や桂昌院の帰依を受けて発展した。また江戸市民に時を告げる時の鐘を備えていた。しかし、新長谷寺はその後第二次世界大戦による戦災で壊滅な被害を受け、1945年(昭和20年)に廃寺となってしまった。本尊の目白不動は金乗院に移され、現在に至るまで金乗院が目白不動尊として信仰を得るようになっている。
江戸三大不動でもある目白不動尊のある金乗院は真言宗のお寺で山号は神霊山、本尊は聖観音菩薩開基は永順で創建年は正確には不明ですが、文禄3年(1594年)以前ではないかといわれています御府内八十八ヶ所霊場38番札所、江戸三十三観音霊場14番札所、関東三十六不動霊場14番、東京三十三観音霊場23番札所でもあります境内では六地蔵尊はじめ何体かのお地蔵さんと出会うことができました。
東京都豊島区高田にある、真言宗(しんごんしゅう)豊山派(ぶざんは)の寺院「金乗院(こんじょういん)」別称:目白不動。本尊は聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)。肥後細川庭園を散策した後に立ち寄りました🚶♀️金乗院の裏手の辺りに「宿坂(しゅくさか)の関」と呼ばれる関所(せきしょ)があったとのこと。本堂の鬼瓦の頭のところに、肥後熊本藩細川家の家紋「九曜紋(くようもん)」がありましたので、細川家と縁のある寺院なんじょうね、きっと。
最寄り駅 東京メトロ副都心線 雑司が谷駅 徒歩10分拝観料は無料 トイレ無し山号 神霊山宗派 真言宗豊山派本尊 聖観世音菩薩像正式名 神霊山金乗院慈眼寺別称 目白不動,目白不動尊開基である僧・永順が本尊である聖観音菩薩を勧進して観音堂を作ったのが始まりであるとされている。当初は中野にある宝仙寺の末寺で蓮花山金乗院と称したが、後に護国寺の末寺になり神霊山金乗院となった。また目白不動尊は、元々は当寺院のものではなく、1キロほど離れた関口駒井町にあった新長谷寺という寺院にあったものであった。新長谷寺はその後第二次世界大戦による戦災で壊滅な被害を受け、1945年(昭和20年)に廃寺となってしまった。[注釈 3]本尊の目白不動は金乗院に移され、現在に至るまで金乗院が目白不動尊として信仰を得るようになっている。との事です。新しい物だと思いますが昔ながらの山門が有り正面に本堂右手に不動堂が有ります。階段を登っての参拝です。境内の右手にお墓へ行く通路には古そうな石板や石橋があり雰囲気が有ります。後、初めて見ましたが鍔塚(つばづか)があり鍔だけの塚?って何でしょうか分かりませんでした。
年末年始の準備で、業者車両が境内を埋め尽くしていた。資金的な潤沢さを示すかの様な人数であった。不動堂下の車庫の高級車の数からも、それを窺い知る事ができる。寺院より、境内を挟む急坂(のぞき坂・宿坂)が良い。
都内の五色不動の一つ、目白不動です。
トイレは有ります。手桶がずらーっと置いてある場所の右奥で、檀家さんに限らずどなたでもご利用可能かと思います。ご近所の方でも長い間、存在に気付かなかったそうなのですが、散歩の延長で訪ねてみたら眺めや雰囲気も良かった、とのことでした。北海道から訪ねて来られた方も!
五色不動全部廻るのはしんどいがせめて2箇所くらいはと思い目黒不動に続き参拝。目白不動は本堂ではなく右手のお堂に祀られている。その裏手の墓地には丸橋忠弥(長宗我部盛親の子で由比正雪の仲間)の墓がある。この墓地はのぞき坂と宿坂という東京屈指の坂に挟まれた斜面に立地しており墓参りするのも結構な労力。その甲斐あって上からの見晴らしは良かった。
| 名前 |
金乗院 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
03-3971-1654 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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目白不動尊を参詣させて頂きました。住宅街の真ん中にあり、静かなところにあります。庫裡にて御朱印を浄書頂きました。たくさんの御朱印に対応頂き、ありがとうございました。