堅粕地禄神社、銀杏舞う静けさ。
堅粕地禄神社の特徴
福岡都市高速道路堅粕地区にある立派な神社です。
家内安全祈願と菅原道真を祀る本殿は独特の魅力があります。
鮮やかな銀杏の色付きが美しく静かな佇まいを演出しています。
ここは開いてるのは1月1日だけの年1回だけ?
福岡都市高速道路堅粕地区に鎮座する立派な神社です。横をR3号線が通っており、参拝にはとても便利な地禄神社です。
家内安全祈願と菅原道真を祀った神社本殿には壁に絵がかけてあったり古くから地元で大切にされていると感じられました。境内も綺麗に保たれています。社務所もありますが、平日昼頃には人はいませんでした。
天満自在天神様(菅原道真様)の摂社の前にある梅の花が2月の初旬から中旬にかけて咲きます。少し早咲きです。とても癒されます。初夏から冬にかけての銀杏も素晴らしいです。職場の近くにあり度々立ち寄ってます。大好きな神社です。
静かな佇まいの中、黄色く色付いた銀杏がとても綺麗で何気なく参拝しました。一瞬時間が止まったような、喧騒を忘れさせてくれるスポットです。
堅粕地禄神社は、博多駅の北東800mほどの博多区堅粕(旧福岡市堅粕町大字西堅粕字西ノ前)の住宅街に鎮座している神社です。旧社格は村社です。延喜元年(901年)菅原道真公が太宰府権帥に流謫の時に、途中この丘に登り、遥か太宰府を望見されたと伝わります。宝永6年(1709年)貝原益軒が編纂した「筑前国続風土記」に記載されているので、既にそれより早く建立されたことが分かります。鳥居は大正3年(1914年)の建立です。拝殿の中には絵馬がたくさん奉納されていました。御祭神は、埴安彦命・埴安姫命です。祀られている「文殊菩薩」は、普賢菩薩と共に釈尊の左の侍し知恵を司る菩薩、獅子に跨り、子供に知恵を授け三人寄れば文殊の知恵の諺で知られ、この地では(おもんじさま)と訛って広く崇敬されています。境内社として、宇賀神社(宇賀御霊神)・菅原神社(菅原神)があります。神社が鎮座している「堅粕」という地名は、「潟洲」という地名から変化したという説が有力です。 潟洲とは、海辺の低地で頻繁に大水が発生し水没する土地の事で、その名の通り、かつて幾度となく水害に見舞われました。那珂郡(なかぐん)堅糟村は、明治22年(1889年)金平村、豊富村、堅糟村が合併して豊平村となりました。明治29年(1896年)筑紫郡(ちくしぐん)豊平村となりました。大正4年(1915年)豊平村が福岡市が福岡市に編入しました。地禄神社(ちろくじんじゃ)は、土や大地の神様を祀り、土地の豊穣や生活の安定を願う神社です。主に福岡県を中心とした九州地方に多く見られる信仰で、人々の農耕生活と密接に結びついて発展してきました。御祭神として「埴安尊神(はにやすのみこと)」や波邇夜須毘古神(はにやすひこのかみ)が祀られています。これは日本神話に登場する土・大地の神であり、「地禄」とは文字通り「大地より与えられる禄(恵み)、土地を富ませる」という意味を持っています。このことから、農業の神、土地の守護神として地域住民から深く信仰されてきました。
| 名前 |
堅粕地禄神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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菅原道真公が博多から太宰府入りする際に四王寺山を遥拝した場所と言われております。チロクとは朝鮮語で遥拝するという意味です。福岡の聖地、豊満山、四王寺山、飯盛山の付近にのみ存在するチロク神社群のひとつです。(鞍手郡の六ヶ嶽にもあり)、福岡市西区の拾六町はチロクが訛ってジュロクになりました。もとは埴安神社が存在して、埴安神の後裔である菅原道真公が加護を祈ったと思われます。席田にある地録神社はこの神社を勧進した社ですが、三階松紋が打たれておりますので元々堅粕地録も九州王家縁だったのかもしれません。