小さな八剣神社、歴史の息吹。
中島八剣神社の特徴
手入れの行き届いた小さな神社で心が安らぎます。
江戸時代後期の1843年創建の歴史ある八剣神社です。
柳川市大和町中島に位置する美しい神社です。
小さな神社ですが、手入れも行き届いています。
(やつるぎじんじゃ/はっけんじんじゃ)と呼びます。地元では「祇園さん」とも呼ばれています。❁祭神素盞鳴尊(すさのうのみこと)別称、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)、牛頭天皇(ごずてんのう)❁神格防災除疫の神、農業神、和歌の神※素盞鳴尊(すなのうのみこと)はイザナギ命(いざなぎのみこと)の禊(みそぎ)によって天照大御神(あまてらすおおみかみ)月読命(つきよみのみこと)とともに生まれた神。八岐大蛇(やまたのおろち)退治で有名な荒神(あらがみ)現在、全国に広がっている祇園信仰(八坂、祇園、弥栄と名がつく神社で総本社は京都の八坂神社)、津島信仰(総本社は愛知県津島の津島神社)、氷川信仰(総本社はさいたま市の大宮氷川神社)系の神社に祀られている。
八剣神社(やつるぎじんじゃ、八釼神社)は、福岡県柳川市大和町中島のこの場所に鎮座江戸時代後期の天保14年(1843年)ごろの創建とされる。御祭神は素盞鳴命。明治時代の神仏分離令以前の旧称は本町祇園宮。中島祇園祭り7月第4土曜日に行われる。
| 名前 |
中島八剣神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0944-76-0316 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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中島八剣神社は、西鉄中島駅の西80mほどの柳川市大和町中島東上町の集落の中に鎮座している神社です。天保14年(1843年)に有明海の豊漁や干拓地の豊作、無病息災を祈願して創建されました。明治時代の神仏分離令以前の旧称は「本町祇園宮」でした。御祭神は、素戔嗚命で、無病息災・家内安全・五穀豊穣に御利益があります。境内や周辺地域には大蛇退治の伝説などにちなんだ伝承が残されています。『中島祇園祭』は、かつて旧暦6月15日に行われていましたが、現在は7月第4土曜日に行われます。御祭神のヤマタノオロチ討伐に因むものです。東上町は、派手な「大蛇山」です。西上町は、三味線の音色と華やかな着物姿で舞う踊り子を乗せた「踊り山」です。中町は、武者装束の一隊を従えた「殿様行列」です。下町は、軽快なリズムにあわせて愛嬌をふりまく子獅子がかわいい「獅子山」です。創建時からの伝統ある祭典で、午後7時頃から引手によって動き出し、鐘や太鼓をならし、大蛇の吐く火で夜空を焦がしながら、中島の町を練り歩きます。昭和38年(1963年)以前には、「喧嘩まつり」と呼ばれた激しい祭りで、祇園会の華、「大蛇の目玉争奪戦」が払暁に勇壮に行われ、祭りが終わるのは翌朝5時だったといいます。その眼は町中の守札を集めて作られました。今でも東上町の「大蛇山」は毎年造り替えられ、同じものは一つとしてなく、またその尾や頭部には、各家庭から持ち寄られた「天照皇大神宮」の守札が貼られています。八剣神社(弥剣神社:やつるぎじんじゃ)は、祇園神社、須佐神社などと同じ素盞嗚系の神社です。素戔嗚命(スサノオ:須佐之男命)は、太陽神の天照大御神とともに生まれました。暴風の神として、厄払いの神様としても信仰されています。荒々しい乱行により天上界から追放されますが、ヤマタノオロチ退治に成功するなど正義感が強く知恵者としての一面ももっており、多面性のある神だといえます。また、こうした英雄的側面を以て、武の神として崇められることもあります。