赤い楼門と子供たちの歓声。
小保八幡神社の特徴
毎年10月15日の八幡宮大祭で賑わいます。
巨大な境内が特長で、開放感があります。
見どころ満載の神社で訪れる価値があります。
小保八幡神社は、有明海沿岸道路の大川中央ICの北東800mほどの大川市小保(旧三潴郡大川町大字小保字鶴ノ入江)の旧肥後街道沿いに鎮座している神社です。旧社格は村社です。延長年間(923~931年)に太宰府天満宮から分霊を勧請し天満宮として創建されました。元久年間(1204~1206年)京都の石清水八幡宮の分霊を勧請し本社とし、天満宮を末社としました。小保の町並みは、この神社前の広場で開かれた市が起源であると考えられています。参道橋は、明治21年(1888年)の建立です。楼門は、元禄年間(1688~1704年)の建立で、素木の杉材が用いられていて蟇股の脚が細いです。拝殿は、簡素な造りで、昭和59年(1984年)に改築されました。鐘が巨大なのが印象的です。本殿は、出組・腰組を用いた装飾性豊かな造りで、享和元年(1801年)に建てられました。境内社として、天満宮・祇園社・宮地嶽社・粟島宮・水天宮などあります。粟島宮の社殿の後ろには巨石が立てかけられています。この巨石は弥生時代に九州地方でみられた支石墓ではないかといわれています。神社のある小保(こぼ)、榎津(えのきづ)は、江戸時代、旧久留米藩と旧柳河藩の藩境に位置し、柳川に向かう街道につながる道筋と久留米に向かう街道につながる道筋を軸に町並みが広がり、交通の要衝として発展しました。主要な町筋が放射状に広がり、川に向かって延びている町並みの特徴から小保・榎津の起源は中世にさかのぼると考えられています。福岡県下で中世起源の町並みが残っているのは少なく、大変貴重な地域です。この地区には、藩境を示す石列や江湖(堀跡)をはじめ、旧吉原家住宅、福岡県下でも珍しい武家屋敷の緒方家住宅、吉原義朗家住宅、光楽寺、法泉寺、高橋家住宅などの江戸時代後期から昭和初期にかけての町並みや質の高い伝統的建造物が残されています。神社のある「小保(こぼ)」という地名は、かつてあった筑後柳河藩の三潴郡(みずまぐん)小保町に由来します。明治22年(1889年)榎津町、小保町、向島村、酒見村が合併して大川町が発足して、小保町は消滅しました。昭和29年(1954年)大川町・三又村・川口村・大野島村・田口村・木室村が合併して大川市が発足しました。八幡神社は、全国に約44,000社あり、大分県宇佐市の宇佐神宮を総本社とします。御祭神は武運の神「弓矢八幡」として崇敬を集めた誉田別命(ほんだわけのみこと:応神天皇)です。応神天皇は、皇室の守護神(天照大神に次ぐ)で、出世開運の神ともいわれ、筋肉隆々で逞しく、実存性が高い最古の天皇といわれています。
でかい。鈴がでかい。
毎年10月15日、八幡宮大祭があります。時々コスプレの撮影もあってます。
| 名前 |
小保八幡神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0944-86-5032 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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鳥居と赤い楼門が印象的な神社です、境内には遊具が有り小学校帰りの子供たちがブランコに乗って楽しそうに遊んでいました~最近は子供たちの歓声を耳にする機会が少ないので、なんだか新鮮な気分です~鳥居は肥前鳥居です、補修されているのでしょうか?時間的に楼門に西陽が当たり中に鎮座する肥前狛犬様も眩しそうにしておられました、光のせいか楼門の赤い色が門内にも感じられ暖かい雰囲気です。拝殿の大きい鈴も印象的、楼門前の狛犬様、境内社の狛犬様も素晴らしい!!護られている素晴らしいお宝ですね!このようなお宝と共に遊ぶ子らがうらやましいです、素晴らしい影響が有るでしょう。