航海安全祈る天后堂の魅力。
旧唐人屋敷天后堂の特徴
元文元年に建立された天后堂は、航海安全を祈願する重要な場所です。
唐人屋敷跡の魅力的な四堂巡りが楽しめる歴史的なスポットです。
近隣には公衆トイレや広場があり、散策の疲れを癒す絶好の休憩所です。
【市指定史跡 旧唐人屋敷内 天后堂】唐人屋敷は徳川幕府が鎖国政策の一つとして、現在の館内町に設置した唐人の居住所であり、元禄2年(1689)に完成しました。この天后堂の創立は、元文元年(1736)南京地方の人々が航海安全を祈願し、天后聖母を祀ったのが起源と言われています。寛政2年(1790)重修、明治39年に改築し、現在に至っています。【天后聖母】天后聖母こと媽祖は、西暦960年中国北宋時代に、福建省沿岸の小さな漁村にある林家に生まれた実在の人物です。生まれて一カ月間、泣き声も上げず、「林黙娘」と名付けられました。小さい頃から才智に長け、16才で神から導かれて法力を持つ銅製の札を授けられたといわれています。それから神通力をつかい各地を巡回し、悪や禍を退け、人々の病を癒す彼女を「通玄の霊女」と尊敬の意を込めて呼ぶようになりました。28才の9月9日に修行を終え、天に召された後も、赤い衣裳をまとって海上を舞い、難民を救助する姿が見られたので、人々は廟を建て護国救民の神様として、祀るようになりました。これらの功績が国中に広がり、歴代の皇帝も「天妃」「天后」「天上聖母」などの称号を贈り敬意を表しました。媽祖は航海の安全を護る海の神のみならず、自然災害や疫病、盗賊から人々を護る女神として、中国大陸や台湾はもとより、華僑が住む世界各地で信仰されています。
僕は普段シンガポールに住んでいます。そこの中華形寺院と比較するとここは装飾や人気の無さに物足りなさを感じました。
元禄2年(1689)に来航した中国人居住区として整備。当初、約20棟の長屋で、多くの中国人が生活していました。現在は市場と家々が並び、路地の先に中国様式のお堂が立ちます。
ランタンフェスティバルロウソク祈願四堂巡り☆(弐)天后堂中国南京地方の人々が航海の無事を祈願して元文元年に航海安全の神様とされる天后聖母(媽祖様)をおまつりしたものです。(市指定史跡)
天后堂は元文元年(1736)南京人らが初めて建てたと長崎名勝図絵に記されています。
天后堂は、元文元年(1736年)南京人が航海安全を祈願し、天后聖母を祀って建立したもの。関帝も祀っており、別名関帝堂とも呼ばれている。
唐人屋敷跡の4建築の一つ、天后堂です。福建会館にも天后堂がありましたが、こちらは南京の方々により造られた物のようです。元々唐人屋敷は、鎖国政策により唐人が収容された地域ですが、収容された理由は密貿易の防止が主目的と言われています。一方で、天后堂は媽祖様を祀ったものです。媽祖様は航海や安産の神様と言われ、民衆広く支持されていた神様です。密貿易防止のために設置された唐人屋敷において、航海の無事を祈る天后堂と聞くと、少し言葉の面白さを感じますね。ちなみに四堂の中で、最も趣深いのはこの天后堂でした。付近には立派な住宅が立ち並んでいて、和中折衷とも言える唐人屋敷跡において、文字通り文化が入り混じった場所と言えます。なお、その天后堂の正面にレンガ仕立ての建物があるのですが、見た目の立派な公衆トイレでした。
本日、コロナ感染防止のため、門が閉まってました。
キレイに整備され、見学しやすくなりました。
| 名前 |
旧唐人屋敷天后堂 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
095-829-1193 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP |
http://www.city.nagasaki.lg.jp/shimin/190001/192001/p000712.html |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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天后堂は、1736年に、南京地方出身者の中国人たちが建てたお堂です。本堂は、航海安全の女神「媽祖」を祀っています。当時媽祖は航海で船に祀り長崎に着くと天后堂に安置しました。長崎ランタンフェスティバルでは「媽祖行列」として再現されています。