海風感じる小ケ倉神社。
小ケ倉神社の特徴
古い石段を上ると、神聖な雰囲気が漂っています。
本殿内には大山祇神社の社号が記載されています。
鳥居扁額に小ケ倉神社と明記されているのが特徴です。
小ケ倉神社は、長崎駅の南6.8kmほどの長崎市小ヶ倉町の海沿いの高台に鎮座している神社です。時期は不詳ですが、愛媛県今治市大三島町宮浦の大山祇神社から勧請され創建さました。日本古来の神である大山積神は、本来は山の神ですが、戦国時代に瀬戸内海を支配していた村上水軍が信仰したことから海上安全、海上守護の神ともなっています。また、一説には神奈川県の三浦半島を治めていた三浦氏の一族が茂木に移り、のちに深堀に入り深堀氏に性を代えましたが、その際、守護神としていたのが大山祇神であったといわれています。そのため小ヶ倉村も深堀村に接するところから同じ祭神になったと考えられます。鳥居は、大正2年(1913年)の建立です。拝殿は、入母屋造りです。本殿は、石祠です。御祭神は、大山祇大神(おおやまつみのみこと)です。本殿の裏からは、木々の間から小ヶ倉の漁港が見渡せました。境内には、「青年会創立碑」や、大正10年(1921年)谷桜関が力士になったことを記念して建立された「谷桜記念碑」が建立されています。毎年11月3日には『小ケ倉くんち』が開催され、小ケ倉獅子舞が行われます。江戸時代中期に、当時の佐賀藩深堀領であった彼杵郡小ケ倉村上揚に伝えられたと言われています。鉦には、元治元年(1864年)慶応4年(1867年)と銘があります。この獅子舞は、幕末から昭和27年(1952年)まで長崎くんちの下筑後町の奉納踊として出演していたため長崎市民に「筑後町の獅子舞」として親しまれました。そのために、ひなびた衣装は華麗な衣装になったのが特色です。神社のある「小ヶ倉(こがくら)」という地名は、かつてあった西彼杵郡(にしそのぎぐん)小ヶ倉村に由来します。昭和13年(1938年)小ヶ倉村・小榊村・土井首村・西浦上村が長崎市に編入しました。大山祇(おおやまづみ)神社は、大山祇神を主祭神とする『三島・山祇信仰』の神社です。北海道から鹿児島県まで全国に897社、同信仰の三島神社を含めると1299社存在します。また、三島神社と合わせて704社存在するといいます。大山積神社、大山津見神社、山積神社、山祇神社、山住神社と書く神社もあります。「大山祇神」は、大山津見神、大山積神、大山罪神とも表記され、「大いなる山の神」という意味です。総本社は大山祇神社(愛媛県今治市大三島)で、三嶋大社(静岡県三島市)とほぼ同一の信仰を持つ神社もあれば、明治時代に鉱山開発を目的に勧請された神社もあります。
手すりはあるけど古い石段を上りました。 寂しいけど散らかってる感じはなかったので掃除は定期的にされてるようです。
隣の支所に母を送迎した際に寄ってみました。高くまっすぐそびえる長い階段。石の鳥居をくぐるしか辿り着けないであろう鳥居の横にある民家の駐車場。地域密着加減が不思議で、上がどんな感じになっているのかちょっと気になっていました。高所がかなり苦手な私にとっては、階段はだいぶ急で途中からゾワゾワしてきました。かなり上に行くまで途中で踊り場がないのがその怖さを助長していました。2歳の次男を連れていたのですが、なかなかに大変でした。お年寄りと小さい子にはおすすめしません。白い手すりが付いているのが救いでした。閑散とはしていましたが、荒れ放題と言うことは全くなく、きちんと管理されていました。
鳥居扁額は小ケ倉神社ですが、本殿内の社号記載及び宗教法人登記では大山祇神社です。しかし近隣の氏子さんたちはきっと小ケ倉神社と呼称しているのでしょう。
大山祗を祭っております。地元の小さな神社です。近くにある戸町神社が管理してます。御朱印はありません。
| 名前 |
小ケ倉神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
信号待ち🚥で、鳥居⛩️が見えたので寄ってみました😊✨少し高台にあり、海風も気持ち良かった‼️ただし、鍵がかかっており神社内に入れませんでしたが…🥲︎ふと、木🌳に立てかけている鉄ハシゴ🪜❓❓見張り台❓