大分の塔で語る戦没者の歴史。
大分の塔の特徴
大分県出身者の戦没者を偲ぶための慰霊碑です。
沖縄戦の重要な歴史に触れられる場所です。
整備された静かな環境で追悼ができるスポットです。
きれいに整備されていますが、誰もいませんでした。ぜひ皆様にも訪れていただきたいです。ご焼香だけさせていただきました。
大分県民でしたら、一度は追悼に見えると良いと思います。
大分出身の方はぜひ一度。
この大分の塔は、沖縄戦開戦時、陸軍の責任者だった阿南陸軍大臣の霊縁によるものと思われます。
大分県出身者の戦没者慰霊碑。
名前 |
大分の塔 |
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ジャンル |
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住所 |
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HP | |
評価 |
4.3 |
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太平洋戦争における最終段階としての沖縄の死闘の歴史は何人も涙なくして語ることができません。戦後十餘年、県民生活もやや安定した一九六一年一一月 大分県の遺族代表が初めて沖縄に巡拝したときふるさとの\t山河も泣かむ\tこの島に\t散りたる若き\t御霊祭ればと記した県産檜の白木の柱を建て 沖縄に散華した県出身九百餘柱の霊を慰めたのであります他方数県で現地に永久的な慰霊塔を次々に建立するようになりましたので、このたび県遺族会の発意で、ここ最後の激戦地米須の丘に 大分県耶馬渓産の霊石を用い「大分の塔」を建てることにいたしました。謹んで哀悼の誠を捧げ、英霊の御冥福と世界の平和を祈念する次第であります。一九六五年一一月\t大分県知事\t木下 郁-碑文より-