戊辰戦争の歴史を感じる静寂の公園。
開田碑 (白石村水田発祥の地)の特徴
リニューアルされた開田碑は、きれいに維持されています。
各種イベントやテレビ撮影も行われる公園に位置しています。
広い公園の一角に佇む、歴史を感じる石碑です。
札幌付近で稲作を試みた人はかなりいたようだが、いずれも個人で、しかも小規模だった。ここの人たちは、旧仙台藩士として、団結心と信頼感が強かった。2 0 数戸が共同で水田経営を行ってリスクを和らげることが評判になり、札幌地方の水田経営の模範となった。その後道庁が今の札幌市立幌東中学校の向かい側に上白石村稲作試験場を造り、稲作の先駆者としての名声は確かなものとなっていった。
へ~、戊辰戦争に敗れた仙台藩白石領(現、宮城県白石市)の民が明治4年(1871)にこの付近に入植して白石村が生まれたんだね!以下、説明板より---------------------------------------------------------白石・歴しるべ白石村水田発祥の地明治の始め、 北海道は稲が育たない地としてもっぱら麦と畑作が農業の中心でありました。明治に入植した旧白石藩の人たちは、明治7年に故郷から種籾を取り寄せ、稲の作付けを試みましたが、厳しい気象条件に打ち勝つことができず、一粒の米も収穫できない年が続いたのです。しかし、こめに対する強い思いと、旧白石藩士としての団結心で、この白生公園一体の荒地を共同で開墾、明治16年、初めて籾79俵(約5.5キロリットル)の収穫をあげたのでした。白石米第一号の誕生です。その後も、日照りや冷害、病害虫に強い稲の品種改良を重ね、その努力が実って、毎年、少しづつ収穫をあげていくことができました。白石村の稲作成功は、やがて、札幌近郊に稲作を広めることとなり、水田経営の模範として讃えられたのでした。1894.3 白石区役所。
2020年リニューアル工事が完了。かつての暴れ川だった望月寒川も 護岸工事がなされ 水田地帯だった頃の面影はない。明治15年は、遥か遠い。旧白石駅から旧東札幌駅に向かう定山渓鉄道の線路が公園内を通っていた。
きれいに維持されている。
公園の一角にある石碑。
公園が広い❗
テレビ撮影をしていたのを見た事があります。
| 名前 |
開田碑 (白石村水田発祥の地) |
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| ジャンル |
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| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.sapporo.jp/shiroishi/shokai/history/rekishirube/documents/reki34_35.pdf |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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とても厳粛で長閑な公園⛲⛲︎💨と成ります😌🍵💨